【フィリピンのど田舎で、モッタイナイとさけぶ(4)】優秀な人材さえも失職する、「不条理」がまかり通る政治事情

開店したばかりのホストマザーのサリサリストア。日ごとに商品の品揃えが増えている(2015年5月末)説明を開店したばかりのホストマザーのサリサリストア。 日ごとに商品の品揃えが増えている(2015年5月末)

「このサンダル、日本人価格で250ペソ(約650円、本当の売値は200ペソ)にしてあげるよ!」「500ペソ札しかない? なら、300ペソでいいわ」

そんな冗談が飛び交う、にぎやかなサリサリストア(路地にある小さなコンビニ)が5月末、青年海外協力隊員(職種:コミュニティ開発)として赴任する私の任地、フィリピン・ルソン島南部のティナンバック町の中心部にオープンした。店主は、ナナイ(フィリピン語で「お母さん」)こと、私のホストマザーであるナンシー・アスクラさん(50)だ。

持ち前の明るい人柄を生かし、店主業は板についているが、元々、ナナイの本業はサリサリストアではない。私がティナンバック町役場に配属された2014年11月は、町役場の福祉課の課長、つまり公務員だったのだ。

■「政敵の姉」理由に失職

「ケンゾウ(私のこと)、仕事がなくなったよ。ハッハッハ!」。そんな明るい口調でナナイから失職を告げられたのは、2015年の初め。町役場は3カ月に1度、契約の更新があるが、なかったという。「え、何で?」。戸惑う私に、ナナイは「政治の力よ。仕方ない」。

ナナイは、ティナンバック町の幹部の実姉。しかし、弟が別の幹部と政治的に対立。関係が悪化し、その影響を受けたのが、ナナイだった。その後も町役場に職を求め、履歴書を送り続けたが、梨のつぶて。私(国際協力機構=JICAが負担する)からの家賃収入や、副業でしていた養豚業(フィリピンは公務員の副業が認められる)だけでは、生活していけない。考えた末、ナナイが生活の糧として選んだのが、サリサリストアの開業だった。

「ケンゾウ、お金がないよ!」と口癖のように話すが、月に1度はマニラまで、週に1、2度は近隣の大都市ナガに買い出しに行く。サンダルから衣料品、食料品まで、他店よりも洗練された商品が並ぶ。公務員時代に培った広い人脈で店は常ににぎわい、パソコンで売り上げデータを管理する姿は、ひいき目に見ても優秀といえる。

そんな人材を、政治的な関係で解雇してしまうなんて…。「サヤン」(フィリピン語で「モッタイナイ」)としか言いようがない。

■究極の「トップダウン」

私が日本で新聞記者をしていたころ、ある自治体の情報を入手し、発表に先駆けて紙面化しようとして、何度も「役所内で根回しができていない」「議会の承認を経ていない」という理由で拒まれた経験がある。派遣前は「おおらかな国民性ゆえ、フィリピンの自治体はもっと緩やかだろう」と思っていたが、違った。フィリピンこそ、究極の「トップダウン」の国だったのだ。

辞めさせられた人はナナイのほかにもいる。一方で、ティナンバック町の幹部のコネで雇用された人で、まったく仕事せず、一日中ミリエンダ(おやつ)を食べ、携帯ゲームに興じている職員もいる。人の好き嫌いによる担当替えは日常茶飯事。政治的な対立により町外の公費出張を認められず、泣く泣く自腹を切った同僚もいる。

トップダウンの文化の影響は、外国人である私も避けられない。農村部を回ろうとしても「ボス(事務所代表)の許可がないと駄目」と移動を制限される。一時期、私は事務所代表と、活動方針の違いをめぐって対立し、事務所からほとんど出られない“飼い殺し”状態に陥っていた。同僚たちも、代表に何か意見を言うときは、角が立たないように「代わりに話してよ」と、私を“盾”にして具申する。トップの意向は絶対なのだ。

政治や権力の「不条理」に振り回されるこのような状況は、私の任地だけに限らない。例えば、協力隊員の派遣決定後に政治の関係で担当者が代わり、赴任したときには「なぜ来たの?」と言われることは、もはや「協力隊あるある」。2年間の派遣中に、2、3度と担当者が代わる例も珍しくない。議会と対立したため、配属先の予算がゼロにされてしまった協力隊員もいる。

日米韓のボランティアとその同僚による会議でも、「地方政治の不正」は話題の一つに挙がった(2015年4月)

日米韓のボランティアとその同僚による会議でも、「地方政治の不正」は話題の一つに挙がった(2015年4月)

■カネではなく公約飛び交う選挙に

権力の頂点に上り詰めるため、「有権者のことを考えた政治をしよう」となってくれれば良い。しかし、ティナンバック町でも、一部の政治家が「カネ」で権力を手にしているといううわさは、枚挙にいとまがない。選挙前になると、有権者を大量に家に招き、ご飯やお酒でもてなすという、日本ならご法度の選挙違反もここでは序の口。有権者に現金はばら撒くし、過去には対立候補の票の不正操作を行ったなんて話も…。

そうして権力を握った政治家は、今度は横領に手を染める。町の予算から少しずつ、お金を抜いてしまうのだ。5月も、ティナンバック町が企画し、バランガイ(最小の行政単位)の代表を連れてセブ島へ行く研修があったのだが、参加者によると、着いたら何と宿がなく、食事も提供されなかったそうだ。参加した30代男性は「宿泊費も食事代も、町の幹部が懐に入れたに決まっている。もうこんな役場、信用できない…」と不満を隠さない。こうして政治家は私腹を肥やし、さらに次の任期を担うための選挙資金に再び使われるのだ。その予算が、まちづくりのために回されれば…。

フィリピンは貧しい国のように思われるが、「ヒト(人材)・モノ(資源)・カネ(予算)」ともに、実は十分に持ち合わせている。それが、政治の不条理を背景に、うまく循環してないだけなのだ。本当にサヤンだ。

フィリピンは2016年5月、6年に一度の大統領選と、3年に一度の統一地方選が同時に実施される。同僚は「ケンゾウも、どこかの陣営の選挙の手伝いをさせられるよ」などと言う。カネが飛び交うような選挙戦の手伝いなんて、とんでもない。ただ、例えば公開討論会のように、「ティナンバックを良くしたい」と公約が飛び交う環境づくりなら、お手伝いしたい。限られた予算からお金をくすねるのでなく、限られた予算を最大限、住民の生活向上のために使う政治家。その登場こそ、協力隊など海外からの支援よりもこの国が発展する道なのではないか。