“顔の見えない援助”は要らないのか、ODAを考える

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平成24年度行政事業レビューが6月に実施され、外務省は、政府開発援助(ODA)のスキームのひとつ「無償資金協力」を俎上(そじょう)に載せた。判定は「抜本的改善」。今回のレビューでとくに議論の的となったのが、無償資金協力の一種で、“顔の見えない援助”とされる「貧困削減戦略支援(PRS)無償」だった。「PRS無償はいつか切られるかもしれない」と国際協力NGO関係者らが懸念するなか、ODA予算削減の方向性として“顔の見えない援助”はやめてもいいのだろうか。

■財政支援は“ショバ代”か

PRS無償とは文字通り、途上国の貧困削減を目的に使われる援助だ。最大の特徴は、日本のODAの大半がプロジェクトに対して資金を出す、いわゆるプロジェクト型援助であるのに対し、PRS無償は「財政支援」であること。財政支援とは一言でいえば、途上国政府の保健や教育といったセクターの予算に援助資金を入れ、セクター全体を改善していこうというやり方だ。

援助の世界的トレンドをみると、財政支援はとりわけ欧州のドナー(援助国・機関)を中心に広がっている。主な援助対象はアフリカ諸国。財政支援では、ドナーと被援助国が一緒になって開発目標を策定し、被援助国が「主人公」となって開発計画を進める。ドナーは、目標達成に必要な資金を供与する。こういったプロセスの中で途上国はオーナーシップを強くもち、その結果、開発効果が高まるといわれる。

開発の主人公は途上国自身との考えはいまや主流だ。パリ宣言(05年)、アクラ行動計画(08年)、効果的開発協力のための釜山パートナーシップ(11年)という援助の国際会議の成果文書を見てもそれは明らか。経済協力開発機構(OECD)援助委員会(DAC)に加盟するドナー国(先進国のドナー)にとってはそれぞれ強みが異なるなかで相互に補完しあい、全体として開発・援助効果を高めていく。言い換えれば、中国をはじめとする新興国のドナーにはできない援助手法だ。

こうした潮流があるにもかかわらず、外務省はかねて、財政支援に後ろ向きの姿勢を示してきた。ただ財政支援をまったくしないとなると、被援助国の開発目標の設定にかかわることができず、日本の居場所がなくなる。このため外務省は2007年から財政支援を導入した。これがPRS無償だ。

これまでの実績は、ガーナ、タンザニア、バングラデシュ、ザンビア、サモアの5カ国で農業や地方自治、教育、保健などのセクターを対象に、援助総額は約48億円(07~11年合計)。金額のあまりの少なさから財政支援を「外務省は援助の“ショバ代”としかとらえていない」と皮肉る向きもある。

■「顔が見えること」より開発成果

では外務省はなぜ、財政支援に消極的なのか。その理由は突き詰めると5つに集約される。

1点目は、財政支援の開発・援助効果の高さに対する疑念。はっきりというならば、被援助国(途上国)に開発を任せて成果が挙がるかどうかだ。

これについて国際NGOオックスファム・ジャパンの山田太雲アドボカシー・マネージャーは「各種社会サービスへのアクセスが向上し、妊産婦や乳幼児の死亡率、初等教育の修了率などを見ても前進した国が実際にある」と成果を口にする。

開発・援助効果が低いケースももちろんある。ただそれは「財政支援そのものが悪いのではなく、政治・政策環境や政策一貫性の欠如が足を引っ張っている」と山田マネージャー。要因はさまざまで、たとえばドナーが被援助国のオーナーシップを尊重しない、または被援助国側のオーナーシップが低い場合や、地方政府が中央政府の言うことを聞かないケースもある。もっとひどいと、ドナーが被援助国に対して「病院の参入を認めろ」などといった条件を突き付けたり、国際通貨基金(IMF)が政府支出に上限を設けるよう勧告することもある。

2点目は、財政支援では日本の顔が見えないこと。確かに、橋や港、学校などを作るプロジェクトはわかりやすく、「フレンドシップブリッジ」などとPRしやすい。財政支援は、被援助国政府や他のドナーと協調して開発計画を進めるので、どこからどこまでが日本の貢献なのかはっきりしないという側面は否定できない。

これに対するNGOの反論は、外務省が唱える「顔が見える援助」よりも、開発・援助効果こそ重視すべきというもの。援助は一義的に、途上国の人たちに裨益しなくてはならないからだ。

では日本にとってメリットはないのか。山田マネージャーは「財政支援のプロセスを通じ、日本政府は被援助国の財務省と、資金を拠出する条件などについて対話しながら、費用対効果(バリュー・フォー・マネー)の高い援助を実現できる」と話す。

■政府がNGOと開発効果を評価へ

3点目は、二国間のプロジェクト型援助と違って、財政支援ではPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回し、援助・開発効果を把握しにくいという指摘だ。

NGOによれば、欧州のドナーは財政支援の開発・援助効果を追跡調査しているが、国際協力機構(JICA)はしていないという。行政事業レビューでも、評価者のひとりである松本悟・メコンウォッチ顧問は「(外務省は)他の援助スキームは見える化しているのに、財政支援はしていない」とコメントした。「JICAはODAの実施機関なのに、透明性の向上や評価などの意識が低いのではないか」(ODA改革ネットワークの高橋清貴世話人)といった批判の声もNGO側からは上がっている。

4点目は、ドナーが被援助国政府の予算に資金を投じることで、被援助国は「浮いた財源」を他の用途へ振り向けるだけではないのかという見方。

OECDの追跡調査によれば、財政支援を受けたセクター(教育や保健など)の国内予算は大きく増えているという。山田マネージャーは「財政支援は、お金を渡すだけではなく、拠出条件などの合意を通じて、被援助国の努力を引き出せる。予算増の呼び水になっている。援助依存は深まらない」と強調する。

5点目は、財政支援では被援助国側の関係者が増え、監視の目が行き届かなくなり、不正・腐敗が増えるのではという懸念。

オックスファム・ジャパンによると、プロジェクト型援助と比べて財政支援では不正・腐敗が多くなるという事実はどこにもない。むしろ予算に組み込まれる財政支援のほうが、現地の市民社会にとって援助資金の流れを監視しやすいため、不正・腐敗の撲滅に資するともいえる。

今回の行政事業レビューでは評価者から「PRS無償に知見のある国際機関やNGOとも協力して質的・量的評価をし、PDCAサイクルを確立すべき」との意見が出た。これを受けて、行司役を務めた中野譲外務大臣政務官はこの実現を約束した。NGOと共同でPRS無償(財政支援)を評価する方法を外務省はどう作り上げていくのか、NGOは注視している。