「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」実現の壁は財源だけか、8割のアフリカ人はいまも伝統医療に頼っている!

西アフリカで2014年に流行したエボラ出血熱で、除菌剤を貧困地区で配るリベリア人ら。リベリアの首都モンロビアに拠点を置くNGO「NACFCEO」の活動だ西アフリカで2014年に流行したエボラ出血熱で、除菌剤を貧困地区で配るリベリア人ら。リベリアの首都モンロビアに拠点を置くNGO「NACFCEO」の活動だ

5月26~27日に開催されるG7伊勢志摩サミットのアジェンダのひとつが、日本政府が推進役を務めてきた「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」だ。実現へ向け、財源をどう手当てするかという議論に終始するなか、アフリカの市民社会との連携に取り組むNGO「アフリカ日本協議会」の稲場雅紀・国際保健分野ディレクターは、財源の問題以外にも大きな障壁があると指摘する。「物理的障壁」と「文化・社会的障壁」の2つだ。

UHCとは、どんな人も、どこにいても、金銭的に大きな負担なく、質の高い保健・医療を受けられる、という意味。日本では、国民皆保険の制度でUHCを実現している。多くの途上国では、一部の富裕層を除き、医療費の負担が貧困に拍車をかけるという実情がある。

■伝統医療は役立たず?

物理的障壁の代表的なものが、交通アクセスの悪さだ。病院へ行きたくても行けないという現実がある。「山奥に住んでいて交通手段がない場合、5キロ、10キロの距離でも障壁になる」と稲場ディレクターは説明する。国際協力機構(JICA)も「途上国では、道路などの交通インフラが整備されておらず、医療にアクセスできない状況が発生しやすい」(途上国の保健医療に関する報告書)と問題を把握する。住民が病院にたどり着ける環境を整えることが急務だ。

文化・社会的障壁のひとつが、西欧からもたらされた近代医療よりも、古くから地域に根付く伝統医療を頼りにする住民が多いことだ。アフリカなどでは保健システムが脆弱で、「質の低い近代医療」しかなく、住民のニーズを満たせないケースもざら。伝統医療に頼らざるをえない状況もある。世界保健機関(WHO)によると、アフリカでは約80%の人がいまも、プライマリーヘルスケア(病気の初期治療や予防)に伝統医療を利用しているという。

稲場ディレクターは「伝統医療は、病気の治療だけでなく、人々の精神的な支えになる役割も果たす。人々が自ら健康を取り戻していくためには、現地にある、または利用できるものを何とか活用していく、という視点も必要だ」と、伝統医療を否定せず、その地域でできる医療の現実から考えるべきだと訴える。

南アフリカのヨハネスブルク大学の社会学者、アリ・アラジーン・アブデュラヒ氏の研究によると、ガーナでは人口2万人当たり医師の数は1人なのに対し、伝統療法士は100人と、100倍の開きがある。とりわけ地方ではその差が顕著だ。

ケニアでは植民地時代から、伝統医療が否定されてきた。ところが1980~90年代に、世界銀行が提起した構造調整政策による緊縮財政を理由に、公共医療がやせ細ってしまった。野口英世アフリカ賞も受賞したコミュニティヘルスの大家、ミリアム・ウェレ氏は「(こうした事情から)ケニアの農村部の人たちは、健康について受け身の姿勢をとるしかなくなってしまった」と、稲場ディレクターに話したという。

文化・社会的障壁にはまた、ジェンダー差別もある。高い医療費と交通費を払って病院に行けるのは男性で、女性は深刻な生活習慣病などにかかっても放置されがちだ。

■外国人は蚊帳の外?

UHCを考えるとき、重要な盲点がひとつある。UHCのU(ユニバーサル)とは、普遍的という意味。わかりやすくいえば、UHCとは全員をカバーできる医療保険を指すはずだ。

ところが実際は、在留資格をもたない外国人や移住労働者、特定の患者が除外されるケースもある。こうした例のひとつがインドネシアのケースだ。

インドネシア政府は2014年1月、19年まで5年間の予定で、全国規模の健康保険の導入を進めている。19年には2億5000万人を超えるインドネシアの人口をカバーする「世界最大級の医療保険」になると世界で注目を集めるが、実は落とし穴がある。

「新制度では、薬物依存による疾病は対象外とされた。ここには、インドネシア国内に相当数いるとされる薬物由来のC型肝炎やHIVの感染者なども含まれる」(稲場ディレクター)

国内にいる外国人はどうなるのか、という問題もある。外国人が人口の大半を占める国は数多くある。国連の推計によると、アラブ首長国連邦(UAE)の人口約945万人の約84%(約783万人)は外国人だ。

カタールでは人口約227万人の約74%(約160万人)がネパール、インド、バングラデシュなどからの出稼ぎ労働者。2022年に開催されるサッカーのワールドカップ(W杯)に向け、建設ラッシュに沸くカタールでは、外国人労働者の酷使に起因する健康被害が後を絶たない。

南アフリカでは別の問題がある。モザンビークやマラウイなどからの出稼ぎ労働者が「南アフリカ国民」の仕事を奪っているとして、外国人排斥(ゼノフォビア)の暴力事件が頻発している。「こうしたなか、南アフリカで導入中のナショナルヘルスサービス(UHCのひとつ)は、外国人をカバーできるのか」と稲場ディレクターは危惧する。

在留資格のない外国人や、移住労働者、特定の病気の患者などへの対応をどうすべきか――。「各国の政策に落とし込む際、弱者が除外されないよう『非差別の原則』を適用する必要がある。さもないと本当のUHCにはならない」(稲場ディレクター)

2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は、17の目標のうち、目標3で「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」を掲げる。