ソチ冬季オリンピックは平和をもたらすか? 緊張続くカフカス地域を考える

0203田中さん、カフカス

2月7日に開幕するソチ冬季オリンピック(五輪)。フィギュアスケートやスキージャンプなど白銀の世界で繰り広げられる華やかな競技種目に注目が集まり、国内外のメディアでは連日大々的な報道が続いている。しかし、開催地ソチ周辺を含むカフカス地域は、1800年代から現在に至るまで激しい戦闘が続いている地域であることはあまり知られていない。東京・麻布台で1月28日、さまざまな社会情勢などについて考える「サムライの会」の例会が開かれ、フリージャーナリストの常岡浩介氏が、ソチ五輪開催と緊張状態が続くカフカス地域の現状について講演した。

■北カフカスに位置するソチ

「ソチは“血みどろ”の歴史を抱えている地域。ここで平和の祭典であるオリンピックが今、開かれようとしている」。常岡氏はこう強調し、2000年から1年半にわたりチェチェン独立派ゲリラ部隊に従軍取材した経験などをもとに、ソチとその周辺のカフカス地域の歴史的、社会的背景や現在の状況について解説した。

「カフカス」とは、カフカス山脈の南北にわたる地方で、黒海とカスピ海の間に位置する地域だ。ロシア連邦に属する「北カフカス」と、アゼルバイジャン・アルメニア・グルジア3共和国が位置する「南カフカス」に分けられる。ソチは北カフカスに位置している。

今では「黒海のリゾート地」と称されるソチは、1864年にロシア皇帝アレクサンドル2世によってチェルケス人大量虐殺が行われたとされる土地でもある。周辺には、イスラム反政府勢力が独立を標榜するチェチェンやダゲスタンなどの共和国が位置し、南東には2008年にロシアと武力衝突したグルジアがある。

■今なお続くカフカス地域の緊張

記憶に新しい「チェチェン紛争」では、1994年から2009年までロシア連邦政府とチェチェン共和国独立派武装勢力の対立が続き、チェチェンの当時の人口約80万人のうち、4分の1にあたる約20万人もが犠牲になったとされる。そのチェチェンの現状について、常岡氏は「親ロシア路線を掲げる現政権と独立派の政治的対立を軸に、民族間のあつれきが重なり、紛争が終結した今もなお武力闘争の緊張は続いている」と語った。

緊張状態が続いているのはチェチェンだけではない。常岡氏は現地取材などを基に、「周辺のダゲスタン共和国とイングーシ共和国では、毎晩銃声が聞こえるほどだ」と続けた。一方で、ロシア連邦内の共和国だけでなく、グルジアのアブハジア自治共和国や南オセチア共和国でも現在、独立を目指す動きが続いている。

■ソチとチェチェンの因縁

それだけではない。ロシア連邦軍の空軍基地があるソチは、「チェチェン人にとって非常に因縁深い場所でもある」と常岡氏は指摘する。

チェチェン紛争時、プーチン首相(当時)率いるロシア連邦は、軍隊をチェチェンに派遣し、ソチの空軍基地からは戦闘機を使い、チェチェンを空爆した。当時、チェチェン側は空軍を保持していなかったため、ロシア連邦軍の空爆を阻止することができなかった。この意味で、「ソチ」という場所は、チェチェンにとって「ロシア連邦軍の制圧を決定付けた都市」なのだという。

こうして見ていくと、平和で美しいスキーリゾートのイメージとは異なる表情ものぞかせるソチ。チェチェン紛争終結から時間が経った今、チェチェンやカフカス地域の人々はソチ五輪開催をどのように見ているだろうか。そもそも、プーチン大統領がソチを冬季五輪開催候補地として選んだ思惑は一体何だったのだろうか。

■ソチ五輪とプーチン大統領の正当性

プーチン大統領は、充実した宿泊施設と国民からの冬季五輪開催への高い支持などを掲げ、ソチを2014年の冬季五輪の候補地として招致運動に乗り出した。2007年、国際オリンピック委員会(IOC)総会で、ソチがソビエト連邦時代も含めてロシアでは初となる冬季五輪開催地に決定した。

当時、チェチェン紛争は沈静化した状態だった。そのため、「2014年のソチ五輪が開催される頃には、チェチェンでの紛争は完全に終わり、プーチン大統領は自己流の“平和”なカフカスが出来上がっていると考え、ソチを開催地として選んだのではないか」と常岡氏は言う。「プーチン大統領は、平和になったカフカス地域を世界に見せつけることで、チェチェン紛争におけるロシア連邦軍の空爆を正当化する意図があったのではないか」と指摘している。

■テロの不安が払拭されないソチ五輪

ソチ五輪開幕が近づいた2013年12月30日、ロシア南部ボルゴグラードで起きた自爆テロによるバス爆発のニュースが世界を駆け巡った。ロシア連邦からの独立問題や少数民族間の衝突が重層的に重なり、イスラム武装勢力がソチ五輪の阻止を要求するなど、状況は穏やかではない。チェチェンだけでなく、カフカス地域での緊張は今なお続いているのだ。

平和の祭典での選手団の活躍に期待が高まる日本で、こうしたカフカス地域の複雑な側面について注目されることはあまり多くはない。ソチに多くの人の関心が高まっている今、地理的な視野を少し広げて、カフカス地域の平和とソチ五輪の持つ意味について考えてみる必要があるだろう。(田中美有紀)