インドネシアのイスラム指導者ら「原発はハラム!」

ヌルディン・アミン氏イスラム指導者であるヌルディン・アミン氏

原子力発電所の建設計画を巡ってインドネシアが揺れている。インドネシア政府はかねて、同国最初の原子炉の灯をともそうと中部ジャワ州ジュパラ県に「ムリア原発」(出力105万キロワット×4基)の建設を推進。これに地元住民やイスラム団体は猛反発している。同県出身のイスラム指導者であるヌルディン・アミン氏は2011年7月31日、都内で開かれた国際シンポジウム「海を超える原発問題~アジアの原発輸出を考える」で講演し、日本と韓国はインドネシアへ原発輸出をすべきではないと強く訴えた。

■インドネシア政府はなおも推進

「原発は『ハラム(禁忌)』だ!」。インドネシア最大のイスラム組織「ナフダトゥル・ウラマ(NU)」は、同国政府が計画中のムリア原発に“宗教的倫理”の面からノーを突きつけた。

ハラムとはイスラムの禁止行為。つまり、豚肉やアルコールの摂取をイスラム教が禁じているのと同様に、原発の建設もイスラム法に照らし合わせて強く禁止されたことを意味する。ハラムの反対で、イスラムの戒律に触れない行為を「ハラル」と呼ぶ。

ハラムと裁定された理由について、その仕掛け人であるヌルディン氏は①原発はプラスよりマイナスの影響のほうが大きいこと②立地地域がテロリズムの標的になりうること③人々の文化や信仰を破壊しうること④原発計画は民衆の利益を考慮していないこと――の4点を挙げる。

ところがインドネシア政府はいまもなお、原発計画を諦めていない。反核をテーマにしたディスカッションやセミナーの開催、映画の上映などは禁止。それだけでなく、国軍を動員して、ムリア原発建設候補地を厳重に警戒したり、反対運動に参加する住民を脅迫したりしているという。

ムリア原発の実現が難しくなった場合に備えてインドネシア政府は、スマトラ島沖のバンカブリトゥン州やジャワ島西部のバンテン州、カリマンタン島(ボルネオ島)の東西カリマンタン州などを代替地の候補に挙げている。

■ニュージェック・JBICが関与

ムリア原発の立地場所であるジュパラ県は、首都ジャカルタから東へおよそ500キロメートルのところにある田舎町だ。人口およそ120万人。家具工場などで働く労働者が多いものの、自然に依拠して生計を立てる農民や漁民も少なくない。

ヌルディン氏は「住民の8割以上は原発を拒否している。農地が収用されたり、放射線によって生活の糧が脅かされるからだ。都市の犠牲になるのも嫌がっている」と住民の思いを代弁する。

地元の反発が強いムリア原発計画だが、実は日本も深く関与している。インドネシアで初めて原発の建設計画が持ち上がったのは、スハルト政権下の1991年。同国最初の原発の事業化調査(FS)を実施したのは、関西電力系の建設コンサルタント会社ニュージェック(本社:大阪市北区)だった。国際協力銀行(JBIC)もニュージェックのこのFSに7億円を融資している。そしてこのときムリアが候補地として挙がった。

この後、天然ガスがイリアンジャヤで発見されたことから、インドネシア政府は97年にいったん原発計画の中止を発表。しかし03~04年のエネルギー危機を発端に原発計画は再燃した。

■「原発輸出はしないで」

原発計画は3.11(東日本大震災)後も終息したわけではない。ユドヨノ大統領は5月に訪日し、東北の被災地を視察。その際には「インドネシアにとって原発は主要な選択肢ではない」と明言した。しかし同時期、ハッタ・ラジャサ経済担当調整相はロシアのサンクトペテルブルクを訪れ、ロシアとの原子力協定に調印していたのだ。

この相反する動きについてヌルディン氏は「インドネシア政府が真剣に原発問題を考えていない証拠」と批判。「そもそもインドネシア人は政府を信じていない。『原発がないとエネルギー危機に陥る』と政府が喧伝したところで、どうせ本当は原発推進派が私服を肥やしたいのだろうと思っている」

インドネシアに原発を作るには先進国の支援が不可欠だ。日本以外にも、韓国電力公社(KEPCO)や韓国水力原子力がインドネシア政府にアプローチしており、いわば、原発輸出を巡って日韓両国がしのぎを削っている状態。ヌルディン氏は「日本と韓国は東南アジアに原発を輸出しないでほしい」と切に訴える。

世界に先駆けて非核宣言をしたアセアン。アセアンには研究炉・実証炉を除けば原発はない。だが現実はインドネシアだけでなく、フィリピンやタイ、ベトナムなどでも原発建設計画は進められている。非核の「核」に原発を含めるかどうか――。ハラムと裁定したNUは「原発計画を中止する義務は、インドネシア政府と社会にある」と定めている。