税金を使った原発輸出、NGOは「やめるべき」

「環境・持続社会」研究センター(JACSES)の田辺有輝氏

原子力発電所の海外輸出は「あり」か「なし」か――。菅内閣が2010年発表した「新成長戦略」の目玉として、官民挙げての原発輸出に力を入れ始めた矢先に起きた福島第一原発の事故。提言型NGOの「環境・持続社会」研究センター(JACSES)の田辺有輝氏は11年7月31日、都内で開かれた国際シンポジウム「海を超える原発問題~アジアの原発輸出を考える」で講演し、「公的資金を使った原発輸出はすべきではない」と強調した。

■ベトナムに原発輸出

日本からの原発輸出でいま一番注目を集めている場所はベトナムだ。その理由は、アセアンへの初めての原発輸出が現実味を帯びてきたこと。仮に実現すれば5000億円を超える大型案件だけに、産業界にとってはグッドニュースとなる。

ベトナム国会は09年11月、出力100万キロワットの原子炉2基(ニントゥアン第二原発)をベトナム南東部のニントゥアン省ビンハイ村に建設すると承認した。運転開始はそれぞれ21年、22年の予定。

この原発の受注が有力視されているのが日本。10年10月の日越首脳会談で、日本がこの原子炉2基の建設パートナーとなることが決まった。この決定に先がけ、経済産業省はニントゥアン第二原発の事業化調査(FS)費用として20億円を計上。この資金をもとに日本原子力発電(本社:東京・千代田)が目下、FSを実施しているところだ。

原発輸出に躍起となっている日本政府だが、原発を国際展開する意義として①グローバルでのエネルギーの安定供給と温室効果ガスの排出削減②化石燃料の依存度の低減③日本の経済成長への寄与④国内の技術力・人材の厚みの維持・強化――の4点を挙げている。

■安全性は確保できるのか?

その一方で、反対の声を上げているのがJACSESの田辺氏だ。「そもそもベトナムにはガバナンスの問題がある。原発の安全性は確保できるのか」と指摘する。

政府開発援助(ODA)を元手にしたインフラプロジェクトを日本はベトナムでこれまで数多く手がけてきた。その際に直面してきたのが、途上国ならではのガバナンスの欠如だ。

ベトナム南部のメコンデルタに建設中だったカントー橋の橋げたが崩落し、多数の死者を出したことは記憶に新しい。また、ホーチミン東西ハイウェー敷設プロジェクトでは、ベトナム政府高官も関与する大がかりな収賄事件が起きている。

さらに、国民への情報公開が限定的な国で、原発の事故や安全にかかわる情報が立地先の住民にきちんと行き渡るのかといった懸念もある。

田辺氏は「そもそも立地地域では、漁業に加えて、最近はブドウやニンニクの栽培も増えていると聞く。貧しいエリアではない。それに住民のほとんどは原発を望んでいない」と現地の事情を説明する。

■公的資金はいくら使われるのか

新成長戦略は原発を「当面の重点分野」と位置づけ、政府は、民間企業のインフラビジネスを後押しする「パッケージ型インフラ海外展開」を推し進めてきた。パッケージ型とは、原発の場合、原子炉本体だけでなく、港湾や送電線なども一緒に整備するという意味だ。

原発輸出には膨大なコストがかかる。公的資金を用いた日本政府のバックアップには①原発関連への「融資」(担当するのは国際協力銀行=JBIC)②人材育成に寄与する研修などの「技術協力」(国際協力機構=JICA)③案件受注のためのFSなどの「調査支援」(経産省、JBIC)④現地の取引企業の債務リスクに備えた「保険」(日本貿易保険=NEXI)――の4つがある。

これらの支援内容をみると、たとえばJBICは主に、中国やインドネシア、メキシコに輸出される原発用タービン部品(原子炉部品ではない)などに融資してきた。融資総額は91~10年の合計で少なくとも1460億円とみられる。

また経産省系のNEXIの原子力関連の貿易保険の引き受け総額は、03~11年で推定1081億円。アジアや中米向けの発電機やメンテナンス部品の輸出に付保している。

さらにJICAは、原子力関連の研修で01年~10年に合計9396万円を拠出してきた。国内の原発にアジアの技術者を呼んで視察させる。外務省によるとこの研修は今年も継続予するが、田辺氏は「安全性が確立されていない原発で研修をさせるのはいかがなものか」と首をひねる。

■失敗したらツケは国民に

原発輸出に使われる公的資金の額がこれほど膨大なだけに、当然だが、財務リスクを懸念する声は大きい。

実は11年1月、JBICは、米国テキサス州のサウステキサス原発(出力135万キロワット×2基)建設への支援を検討していることを発表した。同原発は、米NRGエナジーと東芝が合弁で原子炉2基を建設する予定で、東京電力も出資の約束をしていた。ところが3.11(東日本大震災)でNRGエナジーは撤退を表明。いまやこのプロジェクトは暗礁に乗り上げている。

このプロジェクトにJBICは40億ドル(約3200億円)を融資するとみられていた。これはJBICの資本金1兆555億円(2010年3月末)の4割にも相当し、もし仮に融資が焦げ付いた場合、そのツケは財政負担といった形で国民に回ってくる可能性もなきにしもあらずだった。

「米政府の予算局も、このプロジェクトが債務不履行に陥る可能性は50%以上と推測していた。原発輸出への公的支援は、国民にとって大きな財務リスクを抱える。安全性、経済性、環境・社会的配慮といった観点だけでも多くの問題がある原発輸出に、日本政府は公的資金(税金)を使うべきではない」

政府の原発輸出政策を田辺氏はこう批判する。

■日本の代わりに韓国が原発輸出?

3.11後、菅内閣は原発も含めた「パッケージ型インフラ海外展開」を再検証すると閣議決定した。今国会で承認する見通しだった、ベトナムとの「二国間原子力協定」も、民主党は承認を見送る方針を示している。

だが日本が絡む原発案件は、ベトナム以外にも複数ある。そのひとつリトアニアでは、北東部のビザギナス市に原子炉(出力130万キロワット)を建設するプロジェクトで、GE・日立連合が優先交渉権を獲得。11年末までに詳細を詰める予定だ。

またトルコでは、同国初の原発建設計画で日本は優先交渉権を勝ち取ったものの、菅首相が原発輸出戦略の見直しに言及したことから、日本の優先交渉権が打ち切られ、韓国に奪われるのでは、といった懸念も出てきた。産業界は、日本政府の煮え切らない態度に猛然と抗議している。

賛成派と反対派の狭間で揺れる原発輸出。日本が手を引いたところで、韓国が代わって輸出するだけ、との見方もある。「日本政府はおそらくいまは様子見状態。国内では原発の新設が難しいので、海外に突破口を求める可能性は強い」と悲観的に話す田辺氏。脱原発をするには日本だけでなく、やはり世界全体で取り組まなければ“囚人のジレンマ”になるといえそうだ。