チベット人の魂を中国は侵略している! ドキュメンタリー映画「チベット・イン・ソング」が日本初公開

DSC_0008インタビューに応じるンガワン・チュンペー監督

中国に侵略されたチベットの半世紀を追ったドキュメンタリー映画「チベット・イン・ソング」が5月4、5の両日、東京・護国寺の天風会館で上映された。米ニューヨーク在住のチベット人であるンガワン・チュンペー監督も来日し、この映画に込めた思いについて「(物理的な侵攻だけでなく)チベット人の魂がどう侵略されているのかを世界に訴えたい」と語った。

この映画の上映会を主催したのは、チベットで起きている人権侵害の現状を発信し、平和的な早期解決を目指す国際団体「スチューデンツ・フォー・フリーチベット」(SFT)の日本支部。この映画が上映されたのはこれまでに、米国やドイツ、インドなど8カ国。日本は9番目となった。ンガワン監督は、チベット・イン・ソングを商業ベースで公開したい意向だが、今のところ配給先は見つかっていないという。言うまでもなく、中国やチベットでは上映できない。

■ラサに流れる中国のポップス

この映画の最大の特徴は、チベットで生まれ、インドのチベット人キャンプで難民として育ち、チベットで撮影中にスパイ活動罪で中国政府に収監され、その後釈放されたというンガワン監督の半生を描きながら、音楽のチャネルを通じ、中国政府が1950年以来、チベット人の魂をどう蝕んできたか、という現実を突き付けていることだ。

ンガワン監督が、チベットの地を踏んだのは95年。68年に、2歳のときにインドに亡命して以来、27年ぶりのことだ。小さい時から魅せられていたチベットの伝統音楽を撮影するのが目的だった。

ところがラサに着いて、がく然とする。ンガワン監督が最初に耳にしたのはチベット音楽ではなく、中国の音楽だったからだ。「拡声器から、共産主義を称える中国語の歌が鳴り響いていた」。中国政府が、チベットの民謡を公の場で歌うことを禁止していたためで、チベット民謡の歌い手が何人も処刑されていたことを知った。

ラサの町中にあふれる中国の歌。「チベット人の間でも、中国共産党を讃える歌を歌う歌手がいるし、中国のポップスに興味をもつ若者も増えている。中国の歌を率先して歌うチベット人の子どもたちもいた。チベットの伝統音楽は消滅の危機にさらされていた」

中国政府は、音楽の力を理解していた。だから、チベットを中国化するやり方のひとつとして、中国の音楽の雨を降らして洗脳する。中国は、チベットを物理的に支配するだけでなく、想像以上に、チベット文化を破壊し、チベット人のアイデンティティを取り払おうとしていた。

■「投獄された方がマシ」

ラサがだめならばと、監督は、地方に行く。するとそこにはチベットの伝統民謡が残っていた。いくつものシーンをテープに収めた。

ところがチベットに入って1カ月後、中国当局に捕まってしまう。罪状はスパイ活動罪。裁判が開かれることもなく、懲役18年の刑が宣告される。

だがンガワン監督は獄中で、他のチベット人の“囚人”から、チベット音楽についていろいろ聞き取りした。曲目をつづったメモが見つかると、中国人の看守から殴られたという。

獄中では外部との接触が禁じられていたため、消息が突然消えたンガワン監督のことを母は心配していた。中国政府に捕えられている、と確信していた母は国際社会に訴えかけ始める。それによって、アムネスティや国際チベットキャンペーン(ITC)、米国議会などが動き出す。また中国国内外のチベット人も応援し、ンガワン監督は2002年、釈放された。

ンガワン監督は釈放後も、映画制作を続行する。「6年間の刑務所の中でさまざまな人と出会い、また刑務所の外では私を救出するために多くの人が動いてくれた。インスピレーションされたので、映画の制作を止めることは考えなかった」

サンダンス・インスティテュートやシェリー・アンド・ドナルド・ルビン・ファンデーション(SDRF)の支援を受け、映画が完成したのは2009年。14年越しの思いが形になった。ラストシーンを飾るのは、2008年のチベット騒乱(チベット人の死者は200人以上といわれる)後、チベットの僧侶らが中国政府に処分されるのを覚悟の上で海外メディアに語った言葉だ。

「中国はわれわれを抑圧している。中国政府はうそばっかり言っている。チベットには自由がない。こんな状況なら投獄された方がましだ」

■抗議の焼身自殺は117人に

チベット・イン・ソングを制作した動機についてンガワン監督は言う。

「チベットが中国に弾圧されていること、ダライ・ラマ14世がインドに亡命していることは世界中のだれもが知っている。だけど、チベット人の心や魂がどうやって侵略されているかは知られていない。この事実を世界に訴えたい。ただこれはチベット人だけが被害者というのではなく、中国人にも自由がない。そういった意味でこの映画は、(普遍的な)民族の魂の問題を扱っている」

文化的虐殺に見舞われ続けるチベット。2009年からこれまでに、中国政府に抗議する意味で焼身自殺したチベット人の数も117人に達するなど、後を絶たない。こうした状況からどうすれば脱せられるのか。

「中国にいるチベット人が99%、国外のチベット人が1%とすれば、1%がどう国際社会に働きかけていくかが重要だ。この映画の制作もその一環。99%は中国政府の監視の目があるから、自由に動けない」

ンガワン監督は1966年、西チベットのンガリ地方で生まれた。2歳のときに母に背負われインド南部へ亡命。インド北部のチベット舞台芸術団(TIPA)や米ミドルバリー大学で、民族音楽や映像制作を学んだ。(田中美有紀)