生活再建の秘策はキノコ、ミャンマー・ティラワ経済特区の移転住民が新ビジネス

1028北角さんティラワSEZの開発に伴い移転を余儀なくされたタンイさんは、新しい土地でキノコの栽培ビジネスを始めた。自宅の通路には所狭しと、土や菌を詰めた袋が置かれている(ヤンゴン郊外のミャインタヤ村)

日本・ミャンマー両国が官民挙げて開発するヤンゴン近郊のティラワ経済特区(SEZ)で、開発に伴い立ち退きを迫られた住民の生活再建が課題となっている。そんな中、キノコ栽培の新ビジネスで収入アップに成功している住民がいる。国際協力機構(JICA)の協力で行われる職業支援の一環で、移転住民の経済的自立の切り札となりそうだ。

キノコの栽培を手がけるのは、移転住民のタンイさん(46)だ。タンイさんはもともと、ティラワSEZの開発区域で農業を営んでいた。しかし開発が進んだため、立ち退かざるを得ず、ミャンマー政府の用意した近郊のミャインタヤ村で新しい生活を始めた。新しい住宅が支給され、いくばくかの補償は受け取ったものの、畑がなくなって農耕作業を続けることができなくなった。

家族3人の生活を支えるため、新たな仕事を探していた時に出会ったのが、職業訓練のキノコ栽培だ。「80万チャット(約6万5000円)を元手に、土や肥料を購入してキノコを栽培すると翌月には130万チャット(約10万円)で売れた」と喜ぶ。食用のキノコは付加価値が高く、1.6キログラムあたり1700チャット(約140円)で売れるという。キノコは、土や菌を袋に詰めて暗い場所で保管することで栽培する。タンイさんの自宅では、壁を埋め尽くすように、キノコを育てる袋が並ぶ。裏手には栽培のための小屋も作った。

タンイさんは「移転前より収入が増えたのはいいのだが、生活にかかる費用も増えた」と話す。以前は農業で自給自足に近い生活ができたが、移転先では新たに食費や電気代などこれまでなかった費用が発生し、現金収入が必要になったのだ。また、高利貸しから栽培の元手を借りているため、利子の負担が重い。移転地では現在、住民の行うビジネスに対し、小口の融資を行うマイクロファイナンス事業の準備が進められている。「早く事業を開始してほしい。利子が安くなればもっとたくさんの材料を購入できる」と期待する。夢は、栽培を拡大して大きなビジネスとすることだ。

ティラワSEZは住友商事などの日本企業とJICA、ミャンマーの政府と民間企業が出資して開発を進める一大開発プロジェクト。開発当初、ミャンマー政府が強引な立ち退きを迫ったことから、住民感情が悪化した。その後、日本側が移転住民には正当な補償を行うように働きかけたことで、移転先でのミャンマー政府による生活支援が始まった。

移転前には通っていなかった電気や水道、道路を整備するほか、住民が利用できるコミュニティセンターや運動場を建設している。軍事政権下で住民の権利が制限されてきたミャンマーでは異例の措置といえ、日本側はこれをモデルケースとしたい考えだ。

一方で、農業や漁業ができなくなった住民に対し、電気整備やコンピューター、縫製などの職業訓練を行っているものの、慣れない仕事なうえ就職先が少なく、簡単には新しい収入源を確立できない現実もある。現在、新しい開発地区に住む住民との立ち退き交渉が本格化しており、移転後の住民の生活再建はプロジェクトの成否を左右する大きな焦点となっている。