売り上げ9割減! シェムリアップの服屋をV字回復させる秘策は「ホットパンツ」?

カンボジア・シェムリアップにある「プサー・ルー(ルー市場)」で既製服店を営むキム・ヘアンさん。下着から伝統衣装までさまざまな服が並ぶ店内は華やかだカンボジア・シェムリアップにある「プサー・ルー(ルー市場)」で既製服店を営むキム・ヘアンさん。下着から伝統衣装までさまざまな服が並ぶ店内は華やかだ

「若い女の子たちが露出の多い服を着るのを見るのは好きじゃない。でもホットパンツを置くと売れるのよね」。年7%の経済成長率を誇るカンボジアで、売り上げが9割減った服屋がある。アンコールワットの拠点となる街シェムリアップにある最大のローカル市場「プサー・ルー(ルー市場)」で38年続く老舗の店だ。

■内戦・不倫・子宮頸がん

キム・ヘアンさん(60歳、女性)がプサー・ルーに服屋をオープンさせたのは1980年、22歳のときだ。内戦で兄を失ったキムさんは家族の生活を支える必要があった。カンボジア内戦の影響で小学3年生までの教育しか受けられず、読み書きが苦手なキム・ヘアンさんにとって、既製服を売る仕事は手ごろだった。

キム・ヘアンさんはその後、結婚。ところが夫は愛人をつくり出ていってしまった。「夫は家のことをまったく顧みなかったわ。だから私が働かなくちゃいけなかったの」。還暦を迎えたいまも彼女は服屋の収入で5人の家族を養っている。

キム・ヘアンさんの店はオープン当初、経営も順調だった。「毎日たくさんお客さんが来て、忙しかった。けれど幸せだったわ」。がむしゃらに働いた。最盛期の売り上げは1日50~100ドル(5600~1万1000円)に達したという。2015年時点の平均月収が約400ドル(約4万4600円)のカンボジアで、これは破格の金額。20年ほど前には、必死に貯めた3000ドル(現在のレートで約33万4000円)で店の敷地を購入。プサー・ルーの中にさらに2店舗をオープンさせた。暮らしは一気に豊かになった。冷蔵庫やソニー製のテレビがマイホームにやってきた。

ところがそんな日々はあっという間に過ぎ去ってしまう。店は現在、閑古鳥が鳴くありさま。1日の売り上げは5~10ドル(約560~1100円)と、かつての10分の1に激減した。

アンラッキーなことにキム・ヘアンさんの苦悩は経営難だけにとどまらなかった。数年前には子宮がんを患った。「ほんとに大変だったわ。店も開けられなくて、家族にも心配をかけた」。幸い手術費を捻出することはできたが、生活のために3軒あった店のうち2軒を売り払った。

■男の子たちは膝ね

キム・ヘアンさんの店の顧客で特に減ったのは若年層だ。カンボジアの総人口約1600万人のうち、10~20代の若者が占める割合は38%(約600万人)。にもかかわらず、キム・ヘアンさんの店に来るのはほとんどが30代以上。子どもが来るのは制服を買うときだけだ。

「最近の若い女の子は、昔と違って肌を見せたがるの。男の子たちは膝ね。ダメージジーンズをはく若者も増えたわ」。客離れの理由は若者たちのファッションの変化だとキム・ヘアンさんは考える。庶民の市場で売られる、安いがシンプルで野暮ったい服よりも、露出度の高いセクシーな服やスタイリッシュなデザイン、さらにはブランド品が好まれるようになってきた。

顧客の減少に追い打ちをかけけるのが、オンラインショップの普及だ。カンボジアでは最近、ファイスブックを使って服を売り買いすることも増えた。取引方法はいたってシンプル。出品者は商品を、購買者は代金を、それぞれ自分の家から一番近いバスセンターに渡すだけだ。時代の流れが、キム・ヘアンさんの店から若い世代の顧客を奪っていった。

■ラッキーモールに勝てるのか

「経営は苦しいが今後も店を続けたい」。こう語るキム・ヘアンさんにとって、売り上げをV字回復させる救世主になりそうな商品がホットパンツだ。

キム・ヘアンさんと一緒に店を支える妹のキム・ヘンさん(52歳)は2~3カ月に1回、仕入れ先と新商品を開拓するためプノンペンに行く。若者のファッションに対する感度は姉より上のキム・ヘンさん。成功例のひとつが、前回仕入れたデニム製ホットパンツだ。6.5ドル(約720円)の値段を付けて店頭に並べたところ、売れた。つい最近も10代の女の子が来て買っていった。「大切なのは常に新しいものをそろえ続けること。新しくて流行りのものをね」と姉のキム・ヘアンさんはニンマリする。

プサー・ルーではキム・ヘアンさんと同様、顧客の減少に悩む店は少なくない。「プサー・ルーへ買い物に来る若年は減っている」と口にする店主たち。経済発展と同時にグローバル化が進むシェムリアップには近年、中心部に建つ「ラッキーモール」をはじめとするショッピングモールやスーパーが相次いで誕生した。ローカル製品を中心としたスタイルが“プサー・ルー1.0”とすれば、西洋チックな商品をそろえる“プサー・ルー2.0”へ進化を遂げるのか、それとも時代に取り残されて廃れていくのか。庶民の市場のかたちがいま問われているといえそうだ。