インドネシア・インドラマユ石炭火力へ「JICAは融資すべきでない」と環境5団体、数千人の生業が奪われる可能性も

インドネシア西ジャワ州のムカリサリ村の発電所建設予定地の前でたたずむ小作農インドネシア西ジャワ州のムカリサリ村の発電所建設予定地の前でたたずむ小作農。写真はインドネシア環境フォーラム(WALHI)西ジャワ提供

FoE Japanや気候ネットワークなど環境5団体はこのほど、日本政府に対し、海外の石炭火力発電所への公的融資をやめるよう要請書を提出した。そのひとつが、国際協力機構(JICA)が融資の検討を始める予定のインドネシア・インドラマユ石炭火力発電所の拡張計画(出力100万キロワットの発電設備を増設する。2026年稼働予定)への融資だ。反対の理由として、建設用地となる農地が収用され、農民が生業まで奪われることを挙げた。

■東京ドーム59個分

インドラマユ石炭火力発電所増設への融資にFoEなどが反対する1つめの理由は、農地が収用されることで、畑を借りてコメやタマネギを栽培する小作農、日雇いで農作業する人の仕事が奪われることだ。

新たな発電設備が建設される場所は、西ジャワ州のムカリサリ村など3つの村にまたがる水田地帯。275.4ヘクタール(東京ドーム59個分)がすでに、アクセス道路や発電設備、変電所を建設するために収用された。

インドラマユ石炭火力の土地収用計画によれば、仕事を失うなど影響を受ける人の数は、西ジャワ州の3つの村合計で2320人(575世帯)。ムカリサリ村の人口の93%が農業に従事しているため影響は大きい。

収用された農地はフェンスで囲まれている。FoE Japanによると、小作農らは、違法と知りながらも農地へ入り、田植えをし、収穫。その作物を売ることで生計を立てているという。

■反対運動は止まらない

インドラマユ石炭火力の増設には、地元の住民も反対している。

インドネシアの土地収用法は、土地を収用する前に住民と話し合うことを義務づける。環境5団体の要請書によれば、インドネシア政府は、地主との合意をもとに、地主に対して土地の収用費用を補償したとしている。小作農らは、地主から補償を受けることになっているという。

ただ現実はうまくいっているかどうか不透明だ。FoE Japanの波多江秀枝・委託研究員は「3つの村の人口の約70%を占める小作や日雇い農民が、地主から補償金を受け取っていないケースもある。地主との間で対立も起きている」と話す。

また、反対派の住民ネットワーク「JATAYU」が中心となり、ジャカルタの大統領宮殿やインドラマユ県の議会、ムカリサリ村の建設予定地の前で、発電所の建設中止を求めるデモ活動が2016年から起きている。

JATAYUは、JICAに対しても融資の停止を求める要請書を提出した。この書類には、ムカリサリ村などの住民およそ1400人が署名。環境許認可の取消しを求める訴訟、議会でのロビー活動が起こっているのも事実だ。

インドネシア最大の環境団体WALHI(FoEインドネシア)西ジャワ州のメイキ・パエンドン事務局長は「建設反対の声をあげた農民が不当に逮捕・勾留される事態も起きた。冤罪だ。それにもかかわらず反対運動の勢いは衰えていない」と話す。

■排ガスの濃度は日本の20倍

融資の停止を求める2つめの理由は、発電所が出す排ガスに含まれるばい塵による健康被害だ。

中国の公的支援を受けて稼働中の1号機の周りで暮らす住民は、風向きによって煙突からのフライアッシュ(飛灰)や灰色の粉じん(焼却灰)が家まで飛んでくると苦情を訴える。

メイキ氏は「1号機のばい塵の影響で、特に子どものあいだで肺や呼吸器系の病気の症状が見られるようになった。新たな発電設備が稼働することで、こうした病気を心配する住民は多い」と説明する。

FoE Japanが確認したJICAの実施可能性調査によれば、新たな発電設備は、日本の石炭火力発電所が装備する公害対策技術を使わない。

日本では各自治体が、発電所が出す窒素酸化物(NOx)や二酸化硫黄(SO2)に対して厳しい基準値を設けることが多い。基準をクリアするため、発電所内に脱硝装置や脱硫装置を設置するのがふつうだ。ところが「インドネシアの規制は緩い」(波多江氏)。

JICAの実施可能性調査の報告書をもとにNOx、SO2、ばい塵の排出濃度をFoE Japanが分析したところ、石炭だきの磯子火力発電所(電源開発)と比べて20倍も高いことがわかった。「インドネシアの基準に甘んじることなく、日本と同等の配慮をすべき」と波多江氏は健康被害への懸念を強める。

■石炭火力の価値はなくなる

3つめの理由は、温暖化防止の国際ルール「パリ協定」の目標に反するということだ。パリ協定は、地球の平均気温の上昇を、産業革命以前と比べて2度未満に抑えることを目指す。

FoE Japanの職員である深草亜悠美氏によれば、この目標を達成するには、2040年までに世界の石炭火力の完全な運転停止が必要ということが科学的に証明されている。「CO2排出量の削減要求が差し迫れば、新設する石炭火力の稼働が制限される可能性はゼロではない。巨額の融資をした後、発電所の資産価値が大きく下がるリスクを考えると、建設自体を停止すべき」と主張する。

日本政府は、パリ協定を2015年に採択した以降も、国際協力銀行(JBIC)やJICAを通じてインドネシアの石炭火力事業へ融資してきた。その数は、検討予定のインドラマユを含めて合計4機(出力615万キロワット)。発電能力は原発6基分だ。

三菱UFJ銀行など日本の3大メガバンクは、インドラマユ以外の石炭火力3基に融資した。だが2020年4月までに、それぞれのホームページで、石炭火力へのこれ以上の融資は原則行わない方針を公開した。

クレディ・アグリコルをはじめとするフランスの大手銀行は、インドネシアの石炭火力2基に対する協調融資から抜けた。欧米の各行のあいだでは、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点から、CO2の排出で気候変動に影響を与える事業へは融資しない方針を策定する動きが広がっている。