日本人がモザンビークの未電化村で電子マネーカードを普及、お金の盗難から解放された!

ADMが発行する融資専用の電子マネーカード。発行料は無料だ。希望する村人へ無料で渡す。スイカのように近距離でカードとタブレットを無線通信できるのが特徴。モザンビーク・カーボデルガド州の農村でADMが経営するキオスクには、売り上げの入金が記録されるPOSアプリケーションの入ったタブレットを置く(写真提供:日本植物燃料)

日本植物燃料(東京・千代田)のモザンビーク法人ADMが提供する電子マネーカードと電子バウチャーカードの発行総数が2020年5月で7万5000を突破した。合田真社長は「2013年11月にサービスを始めて以来、普及には時間がかかった。だが(電子マネーカードが使える農村の)人たちの生活は良くなった」と話す。

■電子マネーカードが財布に

ADMが電子マネーカードを導入したきっかけは、同社がモザンビーク北東部にあるカーボデルガド州の農村で経営するキオスクで、売り上げ(現金)が盗難される事件が多発していたからだ。合田社長が店員に聞いたところ、「妖精が盗んだにちがいない」との答えが返ってきたという。

キオスクの1カ月の売り上げは1店舗20万メティカル(約29万8400円)。ADMは3つの店舗を経営するため、盗難被害はばかにならない。ちなみにこのキオスクでは、未電化の地域でも使える充電式ランタンをはじめ、食品、日用品、肥料を売る。

電子マネーカードは盗難対策になる。「現金を扱わなければ、盗まれる心配はない。かつては最大で売り上げの30%が(毎日レジを閉じるときに)足りなかったが、カードを導入して1%未満になった」(合田氏)

電子マネーには、大きく分けて2種類ある。スマートフォンや携帯電話のインターネット通信を使って送金するものとそうでないものだ。未電化地域で使い勝手が良いのは、インターネットに常時接続しなくて済むICチップが内蔵されたカードタイプだ。

ADMの電子マネーカードでは、カードとタブレットの間の通信でカードに内蔵されたICチップに購買データを残しておき、インターネットにつながってからそのデータをサーバーへ送る。太陽光発電を使ってタブレットさえ充電しておけば十分だ。

■銀行なんて知らなかった

合田氏によると、電子マネーカードのメリットを村人が理解するまで1~2年かかったという。「(ADMの電子マネーを使える)未電化の村の人たちのほとんどは銀行が何かを知らず、また貯蓄するという概念えさもたない人もいた。銀行までの道のりも何十キロもある」

村人らは実際、キオスクで日用品を買うために電子マネーカードに現金をチャージするが、使わない電子マネーはすぐに現金に戻していた。村人にとって電子マネーカードは、買い物をするために仕方なく使うもの。お金を保管するものとは理解していなかった。

ADMはこのため、電子マネーカードの使い方やお金の保管など、電子マネーのメリットを伝えることから始めた。紙芝居や動画を、村ごとに違う現地語で同社のスタッフが作り、村を回った。

ADMはまた、村人が電子マネーを使うことが当たり前になるよう、電子マネーカードを使うシーンを増やした。ADMはかねて、コメや豆類などの農作物を農民から現金で買い取っていたが、その支払いも電子マネーに変えた。ADMで働く日雇い労働者の賃金も電子マネー払い。ADMが経営する倉庫の利用手数料も電子マネーで徴収することにした。

こうした地道な努力が奏功して、ADMの電子マネーカードの利用者数は、導入1年後の数百人から、5年後は7万5000人に達した。

■穴を掘って隠していた

日本人という異邦人がモザンビークの田舎に飛び込んで5年。電子マネーのメリットが口コミでも伝わり、それを実感する村人が増えた理由は3つある。

1つめのメリットは、現金を持たずに済むため盗難の心配がなくなることだ。これはADMのキオスクに限った話ではない。

日用雑貨店を経営するシャビエルさん(31)は「売上金はすぐに電子マネーカードにチャージする。だから盗まれなくなった。閉店した後、売上金の保管場所に迷うこともない。盗難は日常茶飯事だったから助かる」と喜ぶ。

現金で保管する場合、村人は現金を肌身離さず持つか、家の庭に穴を掘ってそこに埋め、隠していた。盗まれるのはもちろん、虫に食われたり、雨に流されたりすることもあったという。

ADMの電子マネーカードには、本人確認のための顔認証の登録がある。「他人に不正利用される心配はない。カードを失くしても再発行が可能だ」(合田氏)

2つめのメリットは、電子マネーの利用履歴が残ることから、家計を把握できることだ。

「村人は計画しないでお金を使い、生活が厳しくなることを繰り返していた。だがいまは電子マネーが家計簿の代わり。生活費の収支がわかるため、貯蓄する人も増えた」と合田氏は説明する。

農家の主婦ビクトリアさんは「野菜やコメなどの売り上げも、電子マネーカードに入れるようになった。売り上げだけでなく、生活費の支払いも、貯金の額も、今月はいくらだったのか、キオスクで確認すればすぐわかる」と満足気だ。

ADMは、実は「買い物用」「貯蓄用」「半年に1度しか使えない長期貯蓄用」といった3つのカードを発行している。貯蓄用のカードは、生活費以外のすぐに使わない収入を貯蓄して将来に備える一助となる。

合田氏は「すぐに現金を引き出せないカードが人気。電子マネーを現金化できないことを理由にして、隣人へのご祝儀を払わずに済んだといった話もある」と話す。

■利用履歴で融資が通る!

3つめのメリットは、ADMから融資を受ける場合(ADMはマイクロファイナンス機関ではないが、少額融資をする)、信用情報として電子マネーの利用履歴が使えるからだ。

ADMは、無担保・無利子で小さな金額を融資することで、村人の自立をサポートしてきた。ADMが融資できるかどうかを判断する際、村人の電子マネーカードの利用履歴をチェックする。定期的に収入があって無駄遣いをしていなければ、ゴーサインを出す。村人は、調達したお金で作物の種を買ったり、家を修理したりする。

シャビエルさんは、家に泥棒が入り、雑貨店で売るはずだった商品と売上金を盗まれた。一文無しに近い状態となった。「だけど電子マネーの利用履歴を見て、ADMは私を信用してくれた。融資してもらったのは、自分の収入の1~2カ月分に相当する6370メティカル(約9500円)。おかげで商品をまた仕入れ、店を再びオープンできた」と喜ぶ。

ADMからの融資を元手に、畑を広げたり、茅葺の屋根をトタンに変えたり、マットレスを新調したり、と生活を改善させる村人も少なくない。このうわさを聞きつけた村人は、電子マネーの履歴が信用になると理解するようになった。

■E-Agri Platform

ガーボデルガド州で普及した電子マネーカードを使った金融サービスを、ADMは、モザンビーク北部のナンプラ州でも実施中。今後、セネガル、南アフリカでも開始する同金融サービス実施のプロジェクトは、2020年春に日本の農林水産省から受託。期間は3年だ。

ADMはまた、農作物や農業資材などをスマートフォンのアプリで取引(売り買い)できる「E-Agri Platform」を準備中だ。決済には電子マネーを使う。国連世界食糧計画(WFP)と共同で取り組む。

合田氏は、農村部で暮らす人々の購買履歴、農作物の取引履歴、農家や資材店に加え農作物のバイヤーの情報などを、インターネットで繋がるプラットフォームでデータ化(見える化)したいという。

農作物の取引では、売り手も買い手もスマートフォンのアプリでプラットフォームにアクセスする。蓄積された農作物の取引データから適正価格や品質の良し悪しを確認し、信用できる取引か、信用できる相手か判断できる。

さらに、日本の農協のような相互扶助の組織運営をプラットフォーム上で構築する。プラットフォームでデータ化された信用情報をもとにアプリを通じて融資したり、生産資材の共同購入や農作物の共同販売、共済等のサービスも、プラットフォームへのアクセスで得られるようにする。まさに農協のデジタル化だ。

ADMの電子マネーカード使う村人たち。利用履歴が融資を受ける際の信用となる(写真提供:日本植物燃料)

ADMの電子マネーカード使う村人たち。利用履歴が融資を受ける際の信用となる(写真提供:日本植物燃料)

キオスクの端末を操作するレジ係。モザンビークの農村では大雨が降るたびに通信施設が壊れる。復旧に1~2週間かかることも。このためスマートフォンに依存するシステムだと、インターネット通信が切れた場合に電子マネーが使えなくなる(写真提供:日本植物燃料)

キオスクの端末を操作するレジ係。モザンビークの農村では大雨が降るたびに通信施設が壊れる。復旧に1~2週間かかることも。このためスマートフォンに依存するシステムだと、インターネット通信が切れた場合に電子マネーが使えなくなる(写真提供:日本植物燃料)