ニッケル採掘がインドネシアの村人の生活を壊す、「EVがある未来は想像できない」

泥を含む川の水が流れ込み、収穫できなくなった水田を視察するインドネシア環境省の職員ら(インドネシア・スラウェシ島)。写真は、インドネシア環境フォーラム(WALHI)南東スラウェシが提供泥を含む川の水が流れ込み、収穫できなくなった水田を視察するインドネシア環境省の職員ら(インドネシア・スラウェシ島)。写真は、インドネシア環境フォーラム(WALHI)南東スラウェシが提供

NPO法人アジア太平洋資料センターはこのほど、オンラインセミナーを開催し、電気自動車(EV)のバッテリーに使われるニッケルの採掘が、インドネシア・スラウェシ島にある鉱山のそばで暮らす住民の生活を壊していると警鐘を鳴らした。登壇した、インドネシアの環境NGOインドネシア環境フォーラム(WALHI)のサハルディン・ウディン氏は「EVは、都市や先進国に暮らす人たちが所有するもの。鉱山の近くの村では採掘事業のせいで住む場所が失われ、(発展した)未来を想像することが難しい」と語った。

私たちを無視しないで!

南東スラウェシ州のコラカ県と北コナウェ県にある鉱山の近くの村では、ニッケルの採掘が始まってから、住民の生活は激変。採掘の現場から流れてくる土砂で海は濁り、沿岸部ではナマコや魚、海藻の養殖を続けられなくなった。土砂は川にも流れ込み、農作物も育たないという。

ウディン氏は「土ぼこりもひどい。政府や企業が調査してくれないのではっきり分からないが、呼吸器系の症状で病院に行く人は明らかに増えた」と話す。

洪水や鉄砲水、がけ崩れの被害も多い。採掘のために森林が伐採され、地盤が緩んでしまったためだ。WALHIの調査によると、この3年間で洪水は623回、鉄砲水は22回、がけ崩れは126カ所で起きた。被害総額は600億ルピア(約4億5000万円)にのぼるという。とりわけ被害が大きかったのは、採掘現場があるエリアだった。

ウディン氏は「気候変動の問題に対応するには新しい技術が必要。そのために(EVのバッテリーに使う)ニッケルが必要なことも分かっている。でも、忘れてほしくないのはニッケル採掘の現場にいる人たちの生活が奪われていること。その現実を無視してほしくない」と訴える。

反対すると逮捕される

だが住民は、自分の生活を守るために採掘事業に反対したくてもできない。2020年10月改正のインドネシアのオムニバス法(いくつかの法令の規定を1つにまとめた法律)は、許可を得た採掘事業を妨害した場合、刑罰を科すことができる。

「採掘事業への反対運動も、オムニバス法の第22条に違反することになり、逮捕される恐れがある。南東スラウェシ州のウォウォニ島では、反対運動に参加した人のうち3人が逮捕されて、2年5カ月の服役が言い渡された」(ウディン氏)

オムニバス法の改正前は、採掘事業が環境に与える影響を確認するときに、環境活動家がかかわることができるとされていた。だが改正後のオムニバス法からはその条項が削除されてしまった。環境活動家が環境影響評価にかかわることは法律上、認められなくなった。

2020年3月改正の鉱業法もまた、鉱山会社が生活圏に侵入してきた際、住民が「ノー」と言える権利についての規定を定めていない。

さらにいえば採掘企業は、住民の声を拾おうともしていないようだ。「インドネシア政府から採掘の許可を得た後に採掘企業がするのは、「許可が出たので開発します」と鉱山近くの住民へ通達するだけ」(ウディン氏)。

採掘による影響について、採掘企業が事前に住民と話し合う場をつくることはほぼない。ウディン氏は「住民の懸念に対して、採掘企業にはきちんと説明責任を果たしてほしい。住民と企業で対話することがとても大切」と訴える。

企業の姿勢を変えていくために日本人ができることは何か。アジア太平洋資料センターの田中滋事務局長は「採掘している会社が日本企業でない場合でも、その採掘事業のどこかに日本のお金が入っていることがある。日本の人たちができるのは、採掘の現場で住民と採掘企業の対話ができているのか、日本の企業(銀行や商社)が確認するように働きかけること」と話す。

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