
貯金を開校資金に
ピキン県はダカール市街地と比較して貧困レベルが高い。ダカールに住むJICA海外協力隊員のひとりは「ピキンに隊員は住ませてもらえない。JICAが定める隊員の居住環境の水準に達していないから」と語る。
セネガルではお金のある家庭の子どもだけが塾や家庭教師を利用して良い教育を受けるという。「これは不公平。貧しい地域の子どもたちにも同じチャンスが必要だ」と憤るトールさん。念頭にあるのは公教育に携わる教師が頻繁に起こすストライキだ。
トールさんによると、ストライキのせいで「(平均して)月に3日は学校の授業がなくなる」。授業がなくなれば、塾に通える子どもは勉強を続けられる一方で、そうでない子どもたちは置きざりになる。学力差は開くばかりだ。
こうした状況を改善するため、トールさんは2023年3月にマーシーハウスを立ち上げた。開校するための屋上工事にかかった費用は150万CFAフラン(約35万7000円)。100万CFAフラン(約23万8000円)はトールさん3つの私立学校で7年間英語教師として働いて貯めたお金から払い、残りの50万CFAフラン(約11万9000円)はトールさんの母に融通してもらった。
サッカーでジャンダー教育も
トールさんは開校以来週2日、英語クラブを運営する会社で英語講師として働く。月収は25万CFAフラン(約6万1000円)。講師2人にそれぞれ月4万CFAフラン(約1万円)支払う給料もここから捻出する。両親に渡す生活費を差し引くと、トールさんの手元の残る生活費は毎月12万CFAフラン(約3万円)しかない。
マーシーハウスは定員からあふれた希望者が10人以上待つという人気ぶりだ。すぐにでも規模を拡大したいが「教室を広げるにも、新しいいすや大きな黒板を用意しなければならない。どうやって資金繰りをするか。まだ考えを練っている段階」とトールさんは苦労をのぞかせる。
また、トールさんが教えたいのは学校の勉強だけではない。例えば、マーシーハウスの子どもたちを中心とするサッカーチームを作り、その中に「女子チーム」を立ち上げた。
セネガルではジェンダーの固定観念が根強い。「料理は女性の仕事だから、男性は普通やらない」(セネガルの男性)という具合だ。女子チームを立ち上げた狙いは、こうした固定観念に囚われない考え方を、スポーツを通して子どもたちに学んでもらうためだ。
活動するのは授業がない水曜日と週末。女子チームの練習風景を立ち止まってじっと見る近所の人たちも多いという。「セネガルでは女子は普通スポーツをしないものだと思われているから」とトールさんは説明する。
「お金がたまったらマーシーハウスを大きくして、裁縫や料理など手に職をつけるための教室も開く」と将来を見据える。

トールさんの自宅のそば(セネガル・ピキン県)。道は舗装されていないため、車ではなく馬車の出入りが目立つ。また水圧が低く、蛇口から水が出ないことも多い