ミャンマー国軍の空爆でタイに逃れた農家の女性、1年8カ月は「逃避行・不法入国・詐欺」の日々

ミャンマーで内戦に巻き込まれたラセワさん(39歳)。カヤー州での戦闘・空爆から逃げ続ける日々からタイへ脱出。滞在許可証を持たないミャンマー難民であるため、避難先のタイでは差別や搾取に苦しむことに

オルカンに組み込まれた軍需企業

ラセワさんらがロイコーで身を寄せた避難所は民家の地下室。空爆の衝撃を防ぐには不十分だった。

空から断続的に「500ポンド爆弾」が降ってくる。そのたびに、地鳴りのような爆音と激しい振動が地下室を揺らす。「次は自分たちが死ぬ番だ」とラセワさんは覚悟した。

500ポンド(約226キログラム)爆弾は第2次世界大戦でも使われたものだ。米国の軍需企業は今も製造している。米ボーイングも関与するとされる。ちなみに同社の株は、NISAで絶大な人気を誇るファンド「eMAXIS Slim 全世界株式」(オルカン)にも組み込まれている。

500ポンド爆弾がラセワさんに与えた恐怖は物理的なものだけにとどまらなかったという。「心の奥まで染み込んできた」と形容する。

空爆が始まって3日目、地下室の扉が静かに開いた。現れたのはKNDFの兵士だった。住民の避難状況を知ったKNDFは救出作戦を開始。別の地点で銃撃戦を展開し、国軍の注意をそちらに引きつける隙にラセワさんらを脱出させることに成功したのだ。

地上に出たラセワさんらは以前滞在したワパブロ村に向かった。ただそこに避難民の居場所がないことはわかっていた。カヤー州を離れ、北隣のシャン州の町シーセンを目指した。

シーセンでも安心できなかった。死と隣り合わせの日々から逃れるにはタイに行くしかない。タイには軍事クーデターが起きる前から多くのミャンマー人が暮らす。「そこなら大丈夫だろう」とラセワさんは考えた。

ただラセワさんはパスポートを持っていないため、タイへは合法に入国できない。密入国を助けてくれるエージェントに170万チャット(当時のレートで約5万円)を払う必要があった。

その資金を得るためラセワさんはネックレスを売った。農家として苦労して稼いだお金を貯め、25歳の時に買った宝物だ。「このネックレスは私の誇りで、ずっと身につけていた。手放すのは本当に辛かった」

タイで日常的な「給料未払い」

カレン州のミャワディから森の中を3時間歩いて国境を越えた。「車だけの移動」と聞かされていたが、違った。

タイ側のメーホンソンにたどり着いた。住み込みで月収1万バーツ(約4万円)の仕事を用意してくれるとエージェントは話していたが、実際はその半分の月5000バーツ(約2万円)だった。ラセワさんはホテルの従業員として働いた。

「ホテルのオーナーからは『文句があるなら警察に連絡するぞ』と脅された。違法な入国だったので、足元を見られていたと思う。3カ月目には5000バーツすら払ってもらえなくなった。そのホテルは難民を一時的に安く働かせることを繰り返していたようだった」(ラセワさん)

ラセワさんはここを抜け出した。逃亡先は、チェンマイに近いランパーン。キリスト教の教会に宿を借りながら仕事を探した。仕事の斡旋業者から「バンコクなら仕事があるうよ」と言われ、バンコクへ向かった。

ただラセワさんは不法滞在者。ランパーンからバンコクへの11時間のバスの移動では検問に引っかかる恐れがある。このため普通はバスに乗せてもらえないという。

斡旋業者の指示に従い、ラセワさんはバスの荷物スペースに乗り込むことになった。運賃は通常の約5倍の6000バーツ(約2万4000円)もとられた。運転手のリスクを含めた金額だ。「私以外にも3人が貨物スペースにいた。みんな不法滞在者だったと思う」

バンコクで用意された住み込みの仕事も、口約束とは違った。1カ月に4000バーツ(約1万6000円)もらえるはずが、実際は週2回しか仕事はなく、月収は2400バーツ(約9600円)弱。到底生活できない。1カ月滞在した後、失意とともにランパーンへ戻ることにした。

帰りのバスのチケットは友人が購入してくれた。座席に座れた。チェンマイ行きだったが、途中のランパーンで降ろしてもらうよう運転手と交渉した。ところが運転手は約束を破ってランパーンを通過する。

運転手と揉めた。ラセワさんは荷物スペースに押し込められ、鍵をかけられてしまう。警察に引き渡される、と焦ったラセワさんは携帯電話で友人に助けを求めようとしたが、運転手に見つかってしまい、途中のガソリンスタンドで強制的に降ろされた。

友人に車で迎えに来てもらい、結局、チェンマイへ行った。

25歳の時に買った金のネックレスを身につけるラセワさん。このネックレスは、頑張って働いてきた自分を証明する「誇り」だったが、タイへ避難する費用を工面するため売るしかなかった。今は写真で思い出すしかない

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