コロンビアに逃れたベネズエラ難民の母が涙流す、「息子が家族の犠牲になった」

メデジンでの難民生活を語るデイシ・デオイさん。デオイさん一家は2019年12月に、コロンビア側の国境の街ククタを出発し、15日間泣きながら歩いてメデジンへやってきた(コロンビア・メデジンのホテルで撮影)メデジンでの難民生活を語るデイシ・デオイさん。デオイさん一家は2019年12月に、コロンビア側の国境の街ククタを出発し、15日間泣きながら歩いてメデジンへやってきた(コロンビア・メデジンのホテルで撮影)

「息子には学校を諦めてもらうしかないの」。こう嘆くのは、コロンビア第2の都市メデジンに逃れてきたベネズエラ難民のデイシ・エスミール・デオイさん(26歳)だ。デオイさん夫婦が働く間、4歳と6歳の子どもの面倒を家で見るのは長男(8歳)。メデジンではベネズエラと違い、食べ物はある。だがその代わりに失ったものは、長男が教育を受ける機会だ。食べ物か、教育か――難民一家は究極の選択を迫られている。

■最低以下の生活でもマシ

デイシさんは週4日、夫は土日も関係なく毎日働く。共働きにもかかわらず子どもが3人いることもあって、生活費は足りない。1日3度の食事ができないことはざらだ。

「きょう(取材日)も朝食を食べていない。それでも家族全員の食べ物が手に入るだけ、ベネズエラよりもマシ」

デオイさん一家の1カ月の稼ぎは夫婦合わせて108万ペソ(約3万6000円)。夫は自動車の修理工。デイシさんはバーでウェイトレスをする。2人のそれぞれの月収は、コロンビアの1カ月の最低賃金(87万7803ペソ=約2万8000円)を下回る。

デイシさんは言う。

「周りのコロンビア人に比べてこんなに収入が少ないのは悔しい。だけど私たちはPEP FF(労働許可証)をもっていない。仕方がない」

■「僕も学校に行きたい」

メデジンでは食べ物は手に入る。ただ、その食べ物の代わりに犠牲となっているのは、長男のエンデイベルトくんだ。

エンデイベルトくんはベネズエラ西部のバリナス州にいたころ、地元の小学校に通っていた。「エンデイベルトは学校が大好きで、成績も良かった」(デイシさん)

ところがメデジンに来てから、学校へ行けなくなった。「私たち夫婦が外で仕事する間、4歳と6歳の子どもの面倒をだれかがみなければいけない。それをできるのはエンデイベルトだけ。学校に行くのを諦めてもらうしかいない」とデイシさんは嘆く。

デイシさんによると、ベネズエラ難民の子どもがこうした事情で学校に行けなくなるケースは多いという。エンデイベルトくんは毎朝、近所のコロンビア人の子どもが登校する姿を見て「僕も学校に行きたい」とデイシさんに訴える。

デイシさんは「母親として学校へ行かせてあげたい。でも夫婦で働かないと、家族全員の食べ物が手に入らない。コロンビアへ来たこと自体に後悔はないけれど、エンデイベルトに犠牲を強いていることに罪悪感は深い」と涙を流す。

せめてもの償いとして、デイシさんは生活の合間を縫ってエンデイベルトくんに勉強を教えているという。

■娘のために薬が欲しい

デオイさん一家がコロンビアに逃れてきたのにはもうひとつ理由がある。それは、4歳の末娘の病気だ。

末娘は、赤血球に異常をきたす病気を生まれつき抱える。この病気は1000人に1人がかかる難病。免疫力が低下し、感染症にかかるリスクが高くなるのが特徴だ。完治は不可能といわれる。

末娘が生き延びるには、栄養豊富な食べ物と薬が欠かせない。だが食料・医薬品不足のベネズエラでそれをかなえるのは不可能に近い。「このままでは娘の命はどうなるかわからない。私の姉も同じ病気で、幼いころに死んだ。だからベネズエラを脱出するしかなかった」とデイシさんは不安を募らせる。

メデジンでは薬も手に入る。このため娘の症状も落ち着いているという。「ベネズエラにいたころはよく熱を出していた。でもいまは薬が買えるようになって、外でよく遊ぶようになった」とデイシさんは喜ぶ。

だが薬代が家計に与える負担は大きい。薬代は毎月6万ペソ(約1900円)。一家の月収108万ペソ(約3万6000円)から家賃(水道代込み)35万ペソ(約1万1000円)、電気代8万ペソ(約2500円)、ガス代7万ペソ(約2200円)、職場への交通費2万ペソ(約630円)、薬代6万ペソ(約1900円)などの固定費を引くと、44万ペソ(約1万4100円)しか残らない。

残った金額をすべて食費にあてると仮定すると、一家の食費は1日1万4600ペソ(約470円)。これは、家族5人でエンパナーダ(1個約2000ペソ=約65円)を1人1~2個ずつしか食べられない計算になる。「それでもベネズエラよりマシ」とデイシさんはため息をつく。

■最低賃金は「夢」

生活苦に陥るデオイさん一家にとって、一縷の望みとなりうるのは「PEP FF(労働許可証)」の取得だ。

デイシさんは「PEP FFさえ取れば、最低賃金をもらえるようになるはず」と説明する。実現すれば、現在の稼ぎの1.5倍になる計算だ。生活苦のスパイラルにあえぐ一家にとってPEP FFは喉から手が出るほど欲しい。

ベネズエラ難民の大半は、パスポートも、PEP FFももっていない。不法就労だ。イミグレーションを通らずに、業者に2万ペソ(約650円)を払い、川を渡って越境してきたデオイさん夫婦もそうだ。このため雇い主から足元をみられ、賃金を安く抑えられることはざら。コロンビアの最低賃金をもらうことはベネズエラ難民にとって夢のまた夢だ。

パスポートをもたないデオイさん夫婦は、正規のルートでPEP FFを取得できないという。「でも4万ペソ(約1300円)を払えば、非合法のルートでPEP FFを手に入れられる」(デイシさん)

4万ペソはデオイさん夫婦にとっては大金だ。コロンビアに来た2年前から貯め始めたが、「現在の貯金はまだ2万ペソ(約650円)。娘の薬代が大きな負担だ」とデイシさんは話す。

PEP FFを仮に取得できら、収入はすぐにアップするのか。貯金をはたけば、一家の生活はそのぶん厳しくなる。「娘の病気が重くなってしまうかもしれない。一家の食べ物も買えなくなるかもしれない。でも、うまくいくことを神様に祈るしかない」とデイシさんは不安を吐露する。