反軍政デモに参加して1年半投獄されたミャンマー人青年、獄中で村上春樹や吉本ばななを知る

弾ける笑顔が印象的なチンロンさん。タイ・チェンマイで同胞と一緒に一軒家で暮らす。チンロンの部屋の中で撮影

「ミャンマーの刑務所での出会いが自分に光をもたらした」。こう語るのは、同国南部のタニンダーリ管区ベイ出身のチンロンさんだ。25歳。約1年半の投獄を経て、いまはタイ北部のチェンマイで暮らす。

ミャンマーで軍事クーデターが2021年2月1日に起き、その翌月、チンロンさんはベイの街頭で学生団体が主催する反軍政デモに参加していた。ところが国軍に拘束され、刑務所に連行。チンロンさんは当時、ベイ工科大学の3年生(20歳)だった。

チンロンさんは、国軍兵から3時間以上にわたって殴る・蹴るといった拷問を受ける。そのまま拘留された。

入れられた部屋には60~70人が詰め込まれていた。刑務所の食事も貧しい。固いコメ、豆のスープ、熱が十分に通っていないヒン(煮込み)が出た。チンロンさんの心は沈んでいった。

だがチンロンさんはこの機会をプラスにとらえるようになった。そのきっかけが、刑務所の中で出会った人たちとの会話だ。「投獄されなければ出会うことがなかった人たちがいた」

その代表格は、「抵抗の象徴」ともいえる、ミャンマーの著名な詩人マウンユーピ(Maung Yu Pie)さんだ。言葉を通じて民主化運動にかかわるミャンマー人を鼓舞していた。

マウンユーピさんの作風は、直接的な政治批判が許されないミャンマーで、宇宙や奇妙な生物、非現実的な設定(SF)を用いて、現実の社会構造を鮮やかに浮き彫りにすること。有名な詩集には「空がひっくり返った時に殺された鳥(The Bird that was Killed when the Sky Capsized)」や「Cook」などがある。

2021年3月に拘束されたマウンユーピさんは同年6月、刑法505条A(軍政への反逆を煽る行為)で禁錮2年の判決を受ける。だが軍政による恩赦で2022年9月に釈放された。

チンロンさんはこれ以外にも日本の村上春樹や吉本ばなな、宮崎駿について知った。ただ刑務所の中では彼らの作品に触れられなかったという。

チンロンさんは2022年9月、釈放された。刑務所には1年6カ月と4日いた。実家へいったん戻り、家族と10日過ごした後、自分がミャンマーにいると家族が危ないと考え、タイ行きを決めた。1000バーツ(約5000円)を握りしめ、国境を越えた。

タイに入ってから、刑務所で会った一人のミャンマー人ジャーナリストと再会する。ジャーナリストのイロハを教えてもらい、亡命メディアのタニンダーリタイムス(米国際開発庁の閉鎖もあって資金不足に陥り廃刊に)で故郷ベイの出来事を書いた。ただ月収は2000~3000バーツ(1万~1万5000円)と安かった。

いまはチェンマイで暮らす。ピンクカード(タイの一時滞在許可証。ブルーカラーの仕事はできる)を2025年8月に取得。2つのレストランを掛け持ちし、接客や厨房で働く。週5日約6時間程度の勤務で月収は9000バーツ(約45000円)だ。生活はまずまず安定してきた。

そんなチンロンさんの夢は日本へ行くことだ。「日本のアニメ、映画、本が好き」と話すチンロンさんは目下、独学で日本語を勉強中。彼の部屋の机の上には日本語の教科書数冊とノートが置いてあった。

2歳下の妹は名古屋の大学に通いながらコーヒーショップで働いているという。「妹も早くおいで、と言っている」

日本に住んだら、日本の映画や本を批評する記事を書いて発信したい、とチンロンさん。「タイにいたときは悲しいニュースばかり書いていたから」と語る。