ganasサポーターズクラブ エッセーの会
  • 2022/09/15

上海の地下鉄で遭遇したこと

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*この記事は「ganasサポーターズクラブ」の「エッセーの会」に参加されているパートナー/サポーターの方の作品です

地下鉄で「席をどうぞ」と声をかけられた。
7月の朝のラッシュの上海の地下鉄で私に席を譲ってくれた若い女性がいた。

上海は2022年4月から5月末まで2ヶ月の長いロックダウンが続き、6月にようやくあけた。
当初は、オフィスや工場の出勤も半分以下に人数制限がされていたが、7月はちょうど通常の生活に戻りつつあるころだった。

地下鉄も以前のように人が増えて込み合ってきている。
35度の猛暑が続く真夏日。朝8時、私は最寄り駅から急いで乗ると、空席はない。
車内は冷房がよく利いていて汗がすっと引く。乗客はほぼ全員スマホを見ている。
私は車内の奥に入り、つり革をもって、ぼんやりとスマホを見ていた。

途中の乗り換え線のある駅で半分くらいの乗客が降り、私の斜め前に空席が出た。
横にいた小柄な若い女性が空いた席にすっと座った。黒い帽子を目深にかぶり、眼鏡をかけ、黒いTシャツをと白いスニーカーを履いている。20代くらいの学生のようだ。

座ったとたん、私を少しみて急にすっと立ち上がり「席をどうぞ」という。
「え?私に?」「まさか席を譲られるとは!」
驚きで全く声が出ない。体の動きが止まる。

彼女は小さな声で下を向いたまま、私の足を指でさして、「あなたはヒールでしょう。どうぞ」

すっと立った彼女は少し離れたドア近くに移動する。
私はただただ茫然と譲ってくれた席に座った。確かに私はスーツで5センチの黒いヒールを履いていた。彼女はドアの前で私に背を向けてじっとスマホをみている。

突然の行動に私は「ありがとう」の一言も声を発することができなかった。
降りるときに、御礼を伝えようと思ったが、また人が混んできて、彼女がどこの駅で降りたのかわからなくなった。

最初は、私も席を譲られる年齢になったのか、と正直、ショックで自分が席を譲られたことに気を取られて、言葉も発することができなかった。

ちょっとはにかみながら席を譲ってくれた彼女のさりげなさと自然な振る舞いは、気を張った私の心にぽっと温かな人のぬくもりを再び感じさせてくれた。
瞬間の出来事だったが、私は忘れない。ありがとうと彼女に心から伝えたい。

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2022年9月現在、中国のコロナ禍は今も続いており、上海のいたるところでPCR検査場がある。
感染者や濃厚接触者が出ると隔離は続く日々だ。移動制限もあり、中国国内の他地域にも自由には往来できない。
でも心は余裕をもって人と人とのつながりや、心遣いを忘れずにいたいと思う。

(サポーター/松村扶美)

*この記事はganasサポーターズクラブのエッセーの会に参加するパートナー/ サポーターの方の作品です。
*ganasサポーターズクラブのエッセーの会では、エッセーの書き方を学んだりフィードバックしあったり、テーマについてディスカッションしたりして、楽しくライティングをスキルアップしています。
*文責は筆者にあり、ganasの主義・主張ではありません。