ganasサポーターズクラブ エッセーの会
  • 2021/02/05

クーデターの意味

*この記事は「ganasサポーターズクラブ」の「エッセーの会」に参加されているパートナー/サポーターの方の作品です

●クーデター勃発

2021年2月1日、ミャンマー国軍がクーデターを起こした。アウン・サン・スー・チー氏や与党NLD(National League of Democratic)の政治家など数人が拘束された。当日はインターネットが遮断され、現在もFBやインスタグラムなどSNSが使用が難しくなっている。

ミャンマーでは2020年11月、国政選挙が実施され、NLDが大勝している。得票率はなんと約8割。この大勝により軍部が既得権を失うのではないかと危機感を感じ、クーデターを起こしたのだ。

これに対して、ほとんどのミャンマー国民は悲しみと怒りを感じている。カレン州パ・アンに住む友人のソラワは軍のクーデターに対してこう話す。

「俺は今すごく悲しい。せっかく民主化が少しずつ進んでいたのに。。。。」

しかし、国民はこの怒りや悲しみを表現することができない。軍が復権したということは、言論の自由がなくなったということ。クーデターを非難したり、NLDの支持者であることがばれたりしたら何をされるかわからない。

これは歴史が証明している。1988年から22年間、ミャンマーは軍事政権だった。市民の言論は弾圧され、軍に不満を言うと拘束され、拷問を受けた。軍は国の基幹産業を牛耳り、私欲を尽くした。何千億円ともいわれる国の資源が軍人のポケットに消えていった。デモを実施しようにも、武装した軍に制圧される。2007年のデモでは、先頭に立っていた仏教僧ですら撃ち殺された。ミャンマーの基幹である仏教ですら軍部を止めることができないのだ。

クーデターにより自由が制限されるなか、市民はささやかな抵抗をしている。西尾さんの話によると、市民は外出禁止となる夜8時にフライパンや金属の食器を鳴らして、無言の抗議をしているそうだ。タイ、メーソットにすむ友人のジン・ミン・ナインもFBで「Support Civil DIsobedience Movement」を掲げている。

●クーデターはオリンピックと同じ

クーデターと聞いて思い出すのは、2014年タイでのクーデターだ。私は当時、タイ北部のチェンライに住んでいた。

今でも覚えている。その日は午前中に当時所属していたサッカーチームの練習があった。それが終わって、近くのレストランで遅めのランチをとっていた。カウマンガイを食べながら頭を上げると、テレビで軍人らしき人が何かを話している。店のおばちゃんがため息をつきながらテレビを眺めていた。

「なんかあったの?」

おばちゃんに尋ねた。するとおばちゃんは、けだるそうに

「クーよ、クー、これじゃあ商売にならないわ。あんたもそれ食べ終わったらすぐ出ていって」

そう言って店を閉め始めた。

クー?クーって?
えー、もしかしてCoup!?

驚いて周りを見渡すと、確かにみんな少し落ち着かない様子だ。客はそそくさとお会計を済まし帰っていく。店を出ると、道沿いのお店はみな閉店の準備をしている。

話によると、軍が首相と野党党首をダブル拘束。その後、テレビでクーデターが成功したことを発表し、外出禁止令を出したそうだ。

私は当時、毎晩飲み屋に繰り出し、女の子と話しながらタイ語を学ぶという独自の勉強方法を採用していた。クーデターごときで毎日の日課を変えられるかと、愛車のホンダフィラーノにまたがり、その夜もネオンの街に出かけた。

そこで目にしたのは、今までに見たことのない光景だった。すべての飲み屋が閉まっていた。いつも「マッサー、マッサー」と、声をかけてくるセクシーなお姉ちゃんたちもいない。

実際、飲み屋やマッサージ屋だけではなかった。すべての店は閉まり、人っ子一人歩いていない。車すら走っていないのだ。こんな静かで真っ暗なチェンライははじめてだ。

「どこかやっている店はないか?そうだ、外人観光客が泊まるLe Meridienならやっているはず。観光地のチェンライをなめるな」と、コック川のほとりにある高級ホテル、Le Meridienにフィラーノを走らせた。ちなみに私は当時、Le Meridienのバーで働くバーテンダー、カンにひそかに思いを寄せていた。

Le Meridienはやっていた。いつも以上にひっそりとしていたが、さすがは外国資本の一流ホテル。中は治外法権だ。私はフィラーノをホテルのわきに停め、カンのいるバーへと入っていった。

カンは私を見るや、驚いたように声をあげた。
「TK、どうやってきたの?今は外出禁止だよ!」

「君に会いに来たんだよ」という不謹慎な言葉はクーデター中なため胸にしまい込み、代わりに「飲み屋が全部しまっていたからこっちに来たんだ」っと、あたりさわりのない返答をする。そしてクーデターをどう思うか聞いてみた。カンは何事もなかったかのようにこう答えた。

「よかったんじゃない。最近バンコクはひどかったから」

このクーデターはタイの政治とその変遷を理解しないと見えてこない。タイは当時2大政党制で、2000年代に絶大な人気をはくしたタクシン・チナワットを支持するタクシン派政党(タクシン派)と昔からタイの政治を主導してきた保守の民主党の二つが政権を争っていた。2001年に与党となったタクシン派は、コメの買取政策や30バーツ診療などの医療改革を実施。これにより農民や低所得者層から絶大な人気を誇っていた。反対に民主党は、中流上流階級のタイ人から支持されていた。

タクシン派は赤、民主党は黄色を政党カラーにしていたため、赤対黄色という色であらわされることもあるタイの政治。金持ちvs貧困層、バンコクvs地方、保守vs革新というどの国でもある対立がタイでも起きていたのだ。

しかし支持者の数で言ったら貧困層を味方につけるタクシン派が圧倒的に多い。選挙になると必ずタクシン派が勝つ。民主党は選挙のたびに苦汁をなめていた。そこで民主党はありえない戦術にでた。それが各地でデモを実施し、選挙を経ずに政権をとるというものだ。平和的なデモならいいのだが、そこはアメージングタイ。バンコクの主要道路を封鎖し、そこに住む人に迷惑をかけながらデモを行う。

「タクシン支持者は農村出身の学のない奴ら。そんな奴らに参政権を渡すべきじゃない」

思っても絶対口にしてはいけない暴言を、民主党支持者は大真面目にいう。

そんな中でむかえた2014年は特に激動の年だった。初旬に行われた2回の選挙は、民主党の支持者が投票所を襲撃して無効となってしまった。また、当時首相だったタクシンの妹、インラック氏は親族を国家の主要ポジションにつけたとして有罪となり、首相の座を下ろされてしまう(司法クーデター)。

バンコクでは赤と黄色の連日のデモ、選挙をしても無効、首相はクビ。こんな大混乱の中で起きたのが軍のクーデターだった。軍が赤と黄色を抑え、混乱がついに終息した。

そんな中にあってのカンの「よかったんじゃない」である。

実際、タクシン派でも民主党派でもないほとんどのタイ人は当時、クーデターを支持していた。デモや選挙妨害により日常の生活に影響が出ていたからだ。対立する二政党に対して、中立な立場で介入する「救世主の軍」という構図だ。数日後、唯一無二の故プミポン王も、軍部に承認を与えてしまったのも大きかった。

本当にこれでよかったのだろうか?
安全になったからそれでOK?
クーデターは選挙を経ずに政権を転覆させる、非民主的行為のはずだけど。。
タイ人が納得しているからいいのか?
様々な疑問が自分の頭に浮かんでは消えていく。

●クーデターで奪われたものは?

ミャンマーとタイのクーデター、軍部が政権を奪うという意味では同じ。しかしクーデターで奪われたものは大きく違う。

ミャンマーのクーデターはまさしく民主主義の否定だ。人民の思いを木っ端みじんに粉砕する行為だ。クーデターで拘束されたのは去年、圧倒的な民意により国家顧問となったアウン・サン・スー・チー氏なのだから。

NLDは2015年に政権をとってから、少しずつ民主化を進めてきた。言論の自由を保障し、教育に力を入れてきた。国を開いて外資を誘致、産業の発展にも力を入れてきた。生活が少しずつ改善し、自由を謳歌し始めたミャンマーの人々。だからをこそ2020年の選挙でも、国民のほとんどがアウン・サン・スー・チー氏を支持したのだ。

今回のクーデターはそういった人々の意思を全否定する行為。この背景を理解すればするほど、今回のクーデターに対するミャンマー人の怒りは計り知れないものなんだろうと予想がつく。軍部の傲慢以外、今回のクーデターを説明することはできない。

かわってタイ。2014年のクーデター当時、民意はタクシン派にも民主党にもなかった。二つの政党は国民の意思とは違うところで、利権のためだけに争っていた。それに人々は嫌気がさしていたのだ。だからこそ、この混乱を収めてくれる軍を支持したのだ。

個人的に思う。当時、タイには民主主義という概念はあまりなかったのではないか。国の上層部が勝手に覇権を争い、勝ったほうに従う。市民の議論と総意で為政者を決めるという発想ではなかった。

振り返ってみると確かに長いものに巻かれるタイ人気質は私の職場でも見られた。チームのオーナーである政治家のドラ息子にみんな頭が上がらなかった。理不尽なことにも文句も言わず従い、逆に指示されなければ何もせずグータラらしている。そんなタイ人のことを当時は、かなり軽蔑していた。

私が住んでいたホテルのオーナーによるとクーデターはよくあることなのだと。実際wikipediaを調べてみるとタイのクーデターは数年に1回起きている。これはもう民主国家といえるレベルではない。歴史的に見たらこの国は半軍事国家だ。

オーナー曰く「クーデターなんてオリンピックみたいなもんだよ」とのことだった。

うーん、そういうことか。日本人の私からしたらクーデター聞くとものすごいことなのだと感じるが、タイ人ににとっては定期的なイベント。オーナーの話を聞いて、今回のクーデターがダチョウ倶楽部の三文芝居のように思えてきた。政治の対立を収めるのはいつもクーデター。オチは結局決まっているのだ。オーナーの話しぶりから悲壮感は感じられず、いつものイベントが起きた感じだ。国民の中に主権を奪われたという感覚はない。

しかしミャンマー人は違う。大切な民主主義が奪われたと感じている。ミャンマー人はかつてイギリスに植民地にされ、その後の軍政に服するというつらい時代を生きてきた。そんな中で2015年にNLD政権が誕生。自らの力で勝ち取った主権であり、自由だったからだ。それを奪われたら誰だって怒りに狂う。

だからこそ市民は軍部の制圧に対してもささやかな抵抗を続けている。インターネットでDIsobedienceを訴え、こっそり金属をならす。これぞ自宅軟禁10年以上の経験を持つスー・チー氏直伝の非暴力非服従ではないか。

●タイのクーデターは2014年ではなく2018年

タイのことをかなり馬鹿にしている書きぶりで申し訳ない。これは住んだことがある人間が陥る、隣の芝は青く見える現象なのかもしれない。ただタイに民主主義がないと言っているわけではない。

現在、若者が中心となって進めている反軍政、反王政の運動はタイに芽生えた民主的運動の一つだ。2014年のクーデター時には1年で民政移管するといっていた軍政権だが、結局選挙をしたのは2019年。獲得議席数はタクシン派の方が軍事政党「国民国家の力党」よりも多かった。しかし、不平等な首相選挙システムにより、今も軍政権が続いている。それに不満を持った人々が若者を中心に抗議の声を上げ始めた。

ターゲットは軍だけではない。王室にも向けられている。2018年、第9代ラーマ王であるプミポン王がなくなり、息子のワチラロンコンが王位に就いた。このワチラロンコン王、誰もが認めるダメンズ国王。王ながら離婚歴3回、全身に刺青を入れ、タイではなくドイツで優雅に暮らしている。即位後すぐに、タイ王室が所有していたタイの国土を、王個人の所有と書き換えた。これによりワチラロンコン王は世界1の資産家になったのだ。こんな王に誰が忠誠を誓うだろうか?民衆の怒りは政治家だけでなく、ついにアンタッチャブルな王室にも向けられている。

ではタイの民意はどこにあったのか?タクシン派にも民主党にも民意はなかった。ましてやワチラロンコンでもない。ではどこに?

それはプミポン王だったに違いない。民衆はプミポン王を信じ、そして愛していた。プミポン王は第二次世界大戦後すぐ国王に即位した。冷戦、近隣諸国の共産化、ベトナム戦争、ポルポト内戦、はたまたミャンマーの軍事独裁など、世界的にも近隣的にも激動の中、国の民主化に力を注いだ。クーデターが起きれば軍や政治家をなだめ、貧しい山岳民族に対しては王室プロジェクトとしてコーヒーや商品作物の産業発展に力を入れた。プミポン王はタイ人にとってキリスト教の神であり、イスラム教のアラーだったのだ。

民意が奪われたという意味では、2018年のプミポン王の崩御がタイにとってのクーデターだったのかもしれない。人々は心の支えを失った。

タイ人は欲張りな政治家にも、強権的な軍部も、ましてやスキャンダル王も信じていない。ただただプミポン王が承認を与えたから、ときの政権に従っていただけだ。

裏を返すと、プミポン王の崩御が民主化へのスタートなのかもしれない。99%のタイ人が初めてプミポン王がいない時代を生きている。絶対神がいない中での軍部の汚職であり、言論封鎖であり、新国王の怠慢なのである。自分のこととして怒りを覚え、声を上げ始めた。

リミッターがなくなったタイ人は恐ろしい。これはかの地で2年間生活した私が一番わかっている。あの周りも引くくらいのエモーショナルパワーを民主化運動に使ってほしい。

ミャンマーもタイも始まりは違えで、今着実に民主化の道を進んでいる。この原動力はアウン・サン・スー・チーさん、そしてプミポン王というカリスマを失ったことからくる悲しみ、そして強欲な軍部への怒りだ。

だからそこ、両国民ともあきらめず戦い続けてほしい。その先に、カリスマにも依存しない真の民主主義が待っているはず。

(サポーター/TK)

*この記事はganasサポーターズクラブのエッセーの会に参加するパートナー/ サポーターの方の作品です。
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