ganasサポーターズクラブ エッセーの会
  • 2021/01/16

ストレングスコーチの憂鬱

*この記事は「ganasサポーターズクラブ」の「エッセーの会」に参加されているパートナー/サポーターの方の作品です

「ストレングスコーチ」

この仕事を知っている人はそこまで多くないだろう。

ストレングスコーチとは、スポーツ選手の身体能力を伸ばす仕事。筋力トレーニングや持久力トレーニングを実施し、スポーツパフォーマンスを向上させる。それ以外にも、栄養のアドバイスから心理的サポート、施設の管理などいろんなものが求められる。基本的にはスポーツチームに所属し、選手やチームスタッフと協力して、チームの勝利を目指す。

そう、このストレングスコーチというのが私の肩書きだ。

2009年夏、アメリカに渡ってストレングスコーチのキャリアをスタートさせた。計3大学のスポーツデパートメントに所属し、大学生アスリートを指導しながらマスターを取得。その後、八戸のアイスホッケーチーム、タイのサッカーチーム、東京にあるラグビートップリーグのチームと渡り歩き、現在、京都の大学で学生を指導している。

「プロ選手を指導するなんてすごい!」
「スポーツ業界で働けるなんて羨ましい!」

など、言葉をかけられることもある。確かに「トップアスリートのスポーツトレーナー」と聞くと、なんかすごい仕事をしていると思う人もいるかもしれない。

ただここではっきり言っておきたい。

ストレングスコーチはなんの力もない仕事だ。これは身体がということではない。もちろん身体はストロングだ。選手を含むチーム関係者の中でもストレングスコーチは飛び抜けて強く、そしてでかい。

私が言っているのは、チーム内での力、つまり地位だ。ストレングスコーチに決定権はない。チーム内では位置付けは最下層。ウィーケストコーチと言ってもいいだろう。

これを理解するにはチーム内の力関係を説明する必要がある。

チームの中で一番力があるのはオーナーだ。スポーツチームも他の会社と同様、お金を出す人が最も偉い。そのオーナーからチーム編成を任されるのがGMと呼ばれるジェネラルマネージャーだ。GMはヘッドコーチを含め選手やサポートスタッフの人事を司り、勝利のためにチーム編成をおこなう。ヘッドコーチは現場での責任者だ。練習内容や試合での戦術を考え、勝敗の責任を負う。もちろん、誰を試合に起用するかという選手の人事権も握っている。そして最も重要なのが選手たちだ。唯一彼らだけが試合でプレーすることができ、チームを勝利へと導く。

皆、チームの勝利を目指してはいるが、それぞれは独自のやり方や考え方を持つ個人個人。練習内容、戦術、したいプレー、起用したい選手など様々だ。多くの人が集まるスポーツチームでこれらを一つにまとめるのは並大抵のことではない。

だからこそオーナーは別としてGM、ヘッドコーチ、選手はある意味、互いに牽制し合いながら働いている。人事を武器にコーチや選手をコントロールできるGM、ゲームプランやスタートメンバーの決定権を持つヘッドコーチ、試合の勝敗に直接影響を与えられる選手。互いに主張しながらも、協力するところは協力し、妥協と納得の中でチームが形作られていく。この関係性はあたかも、国会、内閣、裁判所の三権による綱引き、三権分立のよう。バランスをとりながらチームを前に進めていくのだ。

しかしこの力関係の蚊帳の外にいるのが、そう、ストレングスコーチだ。私は何の権限も持っていない。人事権もなければ、直接試合結果に影響を及ぼすこともない。

GM、ヘッドコーチ、選手がストレングスコーチの仕事を理解し、リスペクトしてくれるならば、何の問題もない。しかし、すべてのチームが成熟しているとは限らない。むしろ、今まで経験した8チームすべてで、ストレングスコーチという仕事にうんざりすることが多々あった。

ヘッドコーチからは「今週末までに○○がプレーできるようにしておいて」と無理難題を突きつけられ、選手からは「このトレーニングは嫌だ」と文句を言われる。挙げ句の果てにGMからは「今年勝てなかったのはお前が選手のコンディションをしっかり管理しなかったからだ」と敗戦のスケープゴードにさせられる。

組織が成熟していない場合、しわ寄せは力のないところにやってくる。スポーツチームではそれがストレングスコーチなのだ。

こんな話を聞いたら誰もストレングスコーチになりたいなんて言わないだろう。無理もない。決定権も権力も持っておらず、責任だけを負わされる肥溜めのような仕事なのだから。

しかし権力のないストレングスコーチだからこそできることもある。それはどのステークフォルダーとも損得抜きな関係性を築けることだ。

例えば、選手はストレングスコーチに様々な悩みを打ち明ける。ヘッドコーチの不満から、チーム内のいざこざ、はたまた自身の怪我といった繊細なことまで。こんなことはヘッドコーチやGMには言えない。内容によっては試合で使ってもらえなくなったり、最悪クビにされたりしてしまうからだ。

ヘッドコーチも指示に従わない選手や希望を聞いてくれないGMへの不満をストレングスコーチにぶちまける。ヘッドコーチにとってストレングスコーチは無害な存在。いくら不満を吐露したところで処罰されることもなければ、仕事に支障をきたすこともない。GMも同様だ。

ストレングスコーチという名前を聞くと力づくで権威的な人間だと思われがちだが、本物のストレングスコーチは聞き上手。言うなればチームにとって保健室の先生だ。

筋肉隆々の保健室の先生の大切な仕事は、みんなをつなげること。

多くの場合で選手からヘッドコーチやGMに希望を伝えることは難しい。反対に、ヘッドコーチの意図を選手が理解していないことも多い。そんな時はストレングスコーチの出番だ。「○○がこう言っていましたよ」とヘッドコーチに伝えたり、「××監督は、お前に期待していたよ」と選手に言ったりする。

ストレングスコーチは権力がない。だからこそすべてと信頼関係を結べる。そうしておけばいざ問題が起きても、そこに入っていき修復することができる。言うなればチームをまとめる潤滑油だ。

皆さんもご存知の通り、保健室の先生は時に校長先生よりも頼りになる。ストレングスコーチとはそんな誇り高き仕事なのだ。

(サポーター/TK)

*この記事はganasサポーターズクラブのエッセーの会に参加するパートナー/ サポーターの方の作品です。
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