貯蓄は「カネ」より「モノ」! ミャンマー流・財テクは自国を信用していない証!?

話を聞かせてくれたピョウさん(カレン族、27歳)。月収は20万チャット(約1万8000円)でミャンマーでは中間層に入る話を聞かせてくれたピョウさん(カレン族、27歳)。月収は20万チャット(約1万8000円)でミャンマーでは中間層に入る

「貯蓄といえばカネよりモノにかぎる」。ミャンマー社会には昔からこんな考え方がある。土地や賃貸アパートに自動車、それに金製品や数多の宝石‥‥。これらはミャンマー人が資産形成のために買い漁る投資アイテムの数々だ。

銀行口座の保有率は国民の3割にも満たず、社会のあらゆる取引が「現金」で行なわれているミャンマー。当然貯蓄もタンス預金が中心かと思えば、見えてきたのは意外にも積極的に現金をモノへ投資し、必死に財テクに走るミャンマー人の姿だった。

■庶民が高級品を買い漁る

最大都市ヤンゴン中心部の中国人商店街。食料品に雑貨、金物屋とありとあらゆる店が雑多に軒を連ねるこの通りは、週末になるとミャンマー人がこぞって集まる。向かう先は純金製品や宝石を扱う店だ。

「一人あたり約50万チャット(約4万6000円)は一度に買うね」。中国人経営の宝石店で働くピョウさん(カレン族)はこう話す。話を聞いている間にも次々と客がやってきては、品定めと値段交渉に真剣になっていた。

驚くのは富裕層だけでなく、庶民がミャンマー・チャット札の束を抱えて、キャッシュで宝石、純金製のブレスレットやネックレスを買い求めていること。「どちらかというと宝石や金製品を買い求めるのは庶民(中間層)が多いの。お金持ちは土地や不動産、車なんかに流れるから」

①ヤンゴンの中国人街にある金・宝石店で物色をするミャンマー人の客たち。庶民にとってモノへの投資は資産を守るためのリスク管理だ

ヤンゴンの中国人街にある金・宝石店で物色をするミャンマー人の客たち。庶民にとってモノへの投資は資産を守るためのリスク管理だ

■チャットは3年で2割下落

モノへの投資が流行るのは、主要通貨チャットの貨幣価値が低く、為替レートが不安定だから。「チャットでお金は貯められない。貯蓄はモノにかぎる」という風潮があるのはこのためだ。

極端な現金社会であることでも有名なミャンマー。個人、企業も官民問わず取引は一般的に「現金」。米ドルの利用が増加しているとはいえ、基本はチャットだ。土地の売買や車などの取引でも、チャットか米ドルのキャッシュ一括が一番好ましく、ミャンマーで少し大きな買い物をしようとなると多額の現金が必要となる。

チャットの対米ドルレートをみると、過去3年で2割も下落した(ミャンマー中央銀行)。2013年に1米ドル=800チャット前後だったのが、2015年の初めには1000チャットに。さらに2015年末には1300チャットを超え、2015年だけでもチャットの価値は大暴落だ(2016年2月現在のレートは1米ドル=1280チャット前後)。

弱い通貨チャットが市民生活へ与える影響を想像するのは難しくない。工業化が遅れ、多くのモノを輸入に頼るミャンマーにとって為替レートは死活問題。また、ミャンマーは軽いインフレ状態にありモノの値段は上がっても下がることは稀だ。

だから人々は安定資産である土地や車、そこまでは手が届かない人でも金や宝石を買い漁る。モノへの投資はいわば一種のリスク管理なのだ。

■3回現金が紙くずに

しかし市民が我先にチャットをモノへ変えようとする本当の理由は「国や銀行の信用度が低いから」。こう見る向きもある。

ミャンマーでは軍政時代(1962〜2011年)に3回(1964年、1985年、1987年)にわたって一部チャット紙幣の廃貨が突然実施され、現金が紙くずになった経緯がある。当時は現在よりさらにタンス預金の割合が高く、市民は大きな被害を被った。

かつて公定レート(2012年廃止)と実勢レートの二重為替制を採用していたことも悪名高い。それもそのはず国が定める公定レートの対米ドル値が異常に安く設定され(1米ドル=8.5チャット、当時の実勢レートは1000チャット前後)、政府が外貨を不当に安く入手していたからだ。

「チャットは財産形成に向かないし、銀行口座を開くのもハードルが高く、取り付け騒ぎが怖い。信用できるのは米ドルの現金と換金価値のあるモノだけだよ」。ミャンマー人は口々にこう言う。

2015年11月の総選挙で、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝し、民主化への道が開かれたミャンマー。ただNLDは「民主化を!」と叫んでいるだけで、これといった経済政策を示していない。ミャンマー国民の間には心配する声もある。不安定な自国通貨チャット、高まる米ドル需要、根強い国や銀行への不信感‥‥。4月に政権が変わったとしても、ミャンマーの財テク熱はまだまだ冷めそうにない。

続々と新しい高層ビルやホテルが開発されるミャンマーの旧首都で最大都市ヤンゴンの中心部。国内外からの投資はヤンゴンに偏重しており、地方との経済格差は広がる一方だ

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