【中国が環境大国になる日(2)】 環境汚染の闇を照らす「美徳」という一筋の光

1010木本さん、写真1_子ども向け環境教育[1](写真1)子ども向け環境教育

連載第2弾では前回に引き続き、韓国光州で9月に開催された第4回東アジア気候フォーラムでの中国の環境活動家たちの報告を紹介する。

■多民族社会での環境教育は難しい

「垃圾不落地(ごみを地面に落とさない)~Leave No Trash Behind」。子どもたちが元気な声で繰り返す。写真1・2は、中国雲南省にある麗江緑色教育中心(Green Education Center:GEC)の主任、陳永松(チェン・ヨンソン)さんが学校で行っている環境教育のもようだ。

陳さんは、子どもたちが復唱している「垃圾不落地」を掲げるカードへの署名を大人たちにも呼びかけている。2000年から始めたこの活動、真っ先に子どもの教育に取り組んだ理由は、雲南省のような地方では、住民が環境の情報に触れること自体が難しいため。そこで陳さんたちはまず子ども向けの環境教育を始め、子どもから親世代に伝わるように働きかけた。

(写真2)リサイクル教室

(写真2)リサイクル教室

雲南省は中国西南部に位置し、ミャンマー、ラオス、ベトナムとの国境にある。気候区分も亜熱帯から高山地域の亜寒帯まで幅広く、東南アジアやチベットと東ア ジアとの交差点で、古代から独自の王国が存在してきた。本格的に中国の一部となったのは、明・清の時代からで、いまでも人口の3分の1を少数民族が占めている。複雑な民族構成や歴史的背景があり、言語や宗教、生活習慣も異なる人種のるつぼの雲南省で、同じ言葉が通じる日本や韓国と同じような環境活動は通用しない。

「たとえば、生物多様性は環境を守るために非常に重要な概念ですが、それを住民に理解してもらうのはとても難しい。大学生だって理解できるまで時間がかかるの に、そんな言葉を聞いたこともない一般の人ならなおさらです。だから、ごみという誰にでもわかりやすい方法から始めることにしたのです。ごみをむやみに捨 てないこと、これなら年齢・性別・学歴も関係なく誰でも参加できます」(陳さん)

■経済は絶好調・公共マナーは絶不調

雲南省は国内総生産(GDP)総額では31省区市で24位(2013年)と下位のほうだが、伸び率は12~13%で、貴州省と並んでトップ水準にある。著しい経済成長の背景には、東南アジア諸国連合(ASEAN) 経済圏との接点にあるという地理的条件に加えて、世界遺産に登録されている「麗江(リージャン)」や「石林(シーリン)」をはじめとする観光名所への観光需要の増大があげられる。海外からのツアーやバックパッカーに加えて、豊かになった中国人も世界遺産を一目見ようと押しかけるようになり、1年中観光客で賑わっている。

いまを盛りと繁栄を謳歌する雲南省で、陳さんは経済成長がもたらした過剰な消費が環境を脅かしている実態について、切々と人々に訴える。

「30年前、私たちの社会の経済力は小さく、消費も低く抑えられていました。いまはどうでしょう。レストランでは食べきれないほどの注文をして、残れば捨ててしま う。携帯電話はもう何台買い換えたでしょうか。建物もどんどん建て替えられて、そのたびに大量のごみが出ます。道を歩けば道端にごみをポイ。車に乗れば窓 からごみをポイ。都市のごみの排出量は増え続け、人々はごみに囲まれて暮らしています。この大量消費社会は石油を消費することによって成り立っています。 私たちは大量の石油を消費しながら、自分たちの吸い込んでいる大気を汚しています。たばこを吸って自分のまわりの空気を汚し、携帯電話を使ってはいけない ところでもおかまいなしに大声で話し騒音を撒き散らす。公共マナーはどこに行ってしまったのでしょう」

■自由がないから「責任」なし?

このまま環境問題を野放しにしていると、雲南省の美しい自然も観光名所も汚染にまみれてしまいそうだが、GECなど先進的な環境団体の働きかけにより、ようやく「覚める」中国人が増えてきたと陳さんは言う。「覚める」とは、目覚めるとか、自覚する、悟るといった意味だ。少しずつではあるが、雲南省にも環境意識の高い人々が増えてきたようだ。

環境を大切にする意識をより広く深く社会に浸透させていくうえで、最大の壁は「自分の問題」と思われないことだと陳さんは言う。中国の国民は政府にコント ロールされ、自由が制限されているため、環境問題についてもすべて国の責任で、自分とは関係のないことだと考える人が多く、公共マナーが改善されないまま 経済的に豊かになって消費量が増え、ごみが増えるという悪循環に陥っている。

人々が公共マナーを意識して行動するかどうかは、「自由」と「責任」のバランス感覚が育まれているかどうかによる。国の管理統制が厳しく個人の「自由」が 制限されている国や地域では、個人が環境問題を「自分ごと」としてとらえ、職場や地域、学校などで自主的に環境活動を行うのは非常に難しいことなのかもしれない。

たとえば、自分の家の周りや地域コミュニティをきれいにしようとするのは多くの日本人にとって当たり前のことになりつつあるが、もし、中国のように土地は国 から借りているものであって自分のものではないとしたらどうだろうか。祖先や地域とのつながりを重視する場合もあれば、経済的な価値を重視する場合など 個々人の考え方には違いがあるが、いずれにしても、「権利」が認められている場合とそうでない場合とでは、責任感も大きく違ってくるだろう。

汚れた水たまり

汚れた水たまり

■当たり前だった「美徳」を呼び覚ませ

では、共産党独裁、自由が制限された中国で、人々の環境意識を高めていくにはどうしたらいいのだろうか。1人当たりGDPが 先進国並みになり、教育水準が高い浙江省(州都は杭州)のような富裕な地域では、人々の環境問題への関心が高く、環境モニタリングや規制によって対策が進 んできている。とはいえ、経済成長が中国の津々浦々に行き渡り、人々が環境意識に目覚めるまで、この国は持ちこたえることができるだろうか。

大気汚染物質PM2.5(微小粒子状物質)に関していえば、2013年、北京市で1立方メートルあたり700マイクログラム(日本の環境基準値の約20倍)という高い値が観測され、143万平方キロメートル(日本の国土面積の約3.5倍)が、環境基準最悪レベルの大気に覆われた。世界保健機関(WHO)は、呼吸器疾患や心疾患との因果関係を指摘している。河川や湖沼、地下水の汚染は大気以上に深刻視されているが、浄水施設で定期的に水質検査が行われておらず、政府による情報公開も進んでいない。

報道を見ていると事態は絶望的に見えるが、「垃圾不落地」カードは、一筋の明るい光で人々に向かうべき方向を示している。

「多くの人は喜んでカードに署名してくれます。署名をきっかけにリデュース、リユース、リサイクルに目覚めます。無駄な消費を抑え、資源を再利用することは個 人のお財布にもプラスになるからです。口も消化器官もひとつしかもっていないのに、そんなに食べ物を注文しても無駄。体はひとつしかないのにたくさんの服 を持っていても一度に着ることはできません。一時的には流行に合わせた服を着てみたいでしょうが、少しすれば飽きます。無駄な消費を抑えてごみを散らかさ ないできれいな環境を守る、そういった当たり前の美徳がこの社会から消えかかっていることに、気づく人が増えています」

万里の長城を1人で掃除しようとすれば、何十年かかっても終わらないだろう。しかし、14億人みんなで掃除すればあっという間に終わるはずだ。人々に語りかける陳さんの姿は、誰でもできる簡単なことから1歩踏み出すことの大切さを教えてくれる。