カンボジアの伝統医療はうさんくさくないですか

ジェクさん(写真左)の薬を買いにきた村の女性(写真右)ジェクさん(写真右)の薬を買いにきた村の女性(写真左)。パックになっている腹痛にきく伝統的薬を買った。常連客だという

「(カンボジアの伝統医療を行う)クル・クメールなんてうさんくさい」。カンボジア・シェムリアップの中心部から車で30分ほどの位置にあるステン村。ここにはカンボジアの伝統医療を伝えるクル(先生)・クメール(カンボジアの)が2人いる。西洋化が進むカンボジアで伝統医療は廃れつつある。冒頭のセリフは、カンボジア人の高校生らがクル・クメールの印象を漏らしたものだ。

700人以上が住むステン村にいるクル・クメールのひとりが、ジェク・ソムさん(77)だ。彼の仕事は、植物から薬の材料を集め、村人の健康状態に合わせて薬を調合することだ。時には、家を訪問して“診察”することもある。

「科学的な医療が本格的にカンボジアに入って来るまで、村のみんなはクル・クメールに頼っていた。いま信じている人の割合は50%にまで減ってしまった」。クル・クメールは、クロマー(カンボジアの伝統的な手織り布)、アプサラ(伝統舞踊)、スバエク・トム(影絵芝居)などと同様、近代化の波に飲まれつつある。

ジェクさんが伝統的な薬を作り始めたのは、13歳の時からだ。薬の材料は、乾燥させた木の幹や根っこ。腹痛の薬だと、カシューの木をはじめ8種類を使う。伝統的な薬の材料は全部で50種類ある。ジェクさんは、庭にある木でも状態が悪ければ、30キロメートル以上離れたコンポンチャム州の森まで行くこともある。

クル・クメールであるジェクさんが作る塗り薬は、切断寸前だった自分の足を救ったこともある。ジェクさんは1980年代、戦場で左足を撃たれた。骨が折れ、ふくらはぎが半分に裂ける重傷だった。「戦場から無我夢中で病院に逃げた。医師からは『切断するしかない』と言われた」。病院での治療は、竹で足を支えることだけだった。

ジェクさんは村に帰り、独自の配合で作った塗り薬を試すことにした。「成分は秘密。教えられない」と話すが、1週間もたたないうちに歩けるようになったという。いまでもジェクさんの左足にははっきりと凹んだ傷が、生々しく残る。

治療方法がないと病院で言われ、最後の砦としてジェクさんのもとに患者が送られてくることもある。回復できるケースもあれば、できないケースもある。「脳や目の病気、肥満、幻覚などは治せない」。本当に治療できない時は「僕には治せない」とうそ偽りなく伝えるという。

クル・クメールは魔法使いではない。確実に年をとる。80歳を前にしたジェクさんは、年々目が見えなくなってきている。「死ぬまで、クル・クメールでいたい」。ジェクさんはそう言って微笑んだ。