「テロの巣窟」と呼ばれたジョージア・パンキシ渓谷、汚名払しょくに難民ホストマザーが心のおもてなし!

Alina’s Guest Houseを経営するエルザさん。ゲストに笑顔を絶やさない。Alina’s Guest Houseを経営するエルザさん。鶏肉でだしをとったスープにコメを入れて煮た伝統料理「ブリオニ」を作っているところ。日本の雑炊に近い家庭の味だ

ジョージア(旧グルジア)の奥地に、かつてイスラム武装勢力の存在が指摘され「テロリストの巣窟」とも呼ばれた地域がある。首都トビリシから北東に70キロほど離れたロシア国境近くのパンキシ渓谷だ。チェチェン紛争を通して多くのイスラム武装勢力が流入したとされ、「危険な地域」として世界中のメディアで報じられた。そのパンキシ渓谷で、負のイメージを払しょくしようと立ち上がった女性がいる。パンキシ渓谷の山あいの村で観光客向けのゲストハウスを営むエルザ・ツィへサシュビリさん(47)。自身もチェチェン紛争で祖国を追われた難民だ。

■チェチェンに残るよりはまし

「ゲストをもてなすのは、私たちが継承する文化よ」。そう話しながら、暖炉の熱で調理した「ブリオニ」を振舞うエルザさん。ロシア国内のチェチェンにルーツをもつキスト人の伝統料理だ。2部屋を備えたゲストハウスの小さなキッチンはすぐに、料理のおいしいにおいでいっぱいになる。「私たちのもてなしを感じてもらえれば、この地域のイメージも変わるでしょ」とエルザさん。その笑顔の裏には20年以上の苦労の歳月があった。

エルザさんが生まれたのはロシアに属するチェチェン共和国の首都グロズヌイ。冷戦が終結して当時のソ連が崩壊すると、イスラム教徒が多いこの地域の独立運動が盛り上がったが、独立を阻止しようとするロシアと衝突。1994年、第一次チェチェン紛争が始まり、ロシアが軍事侵攻を始め、エルザさんは生後1カ月の子どもを抱え、夫とともに避難することを決めた。

逃げる最中、ロシア空軍の攻撃機から狙われ、エルザさん一家の前方を走る車が攻撃された。「おそらく全員死んだと思う。恐怖で震えた。次は私かもしれない」。20日間のあいだ空腹と恐怖に耐え、隣国ジョージアのパンキシ渓谷に逃げ延びた。

■イスラム過激派の汚名

「命からがらたどり着いたパンキシには何もなかった」。当時のパンキシにはチェチェンからの難民が大勢いたが、電話回線すらなく、チェチェンに残る家族や友人の安否を確認する方法はなかった。エルザさんは、あり金をはたいてジョージアの首都トビリシで電話を購入して回線をつなぎ、難民に貸すことで収入を得た。家族の無事を確認できた人々が電話の前で泣き崩れる姿を何度も見たという。

また、パンキシに住む人たちが遠方まで買い物に行かなくてもいいように商店も始めた。レモネードを自分で作り、困窮する人には無料で配った。「私も誰かの助けが必要なほど苦しかったけど、自分より苦しむ人を助けたいという思いが強かったの」

しかしその後、パンキシは世界から「テロリストの巣窟」というレッテルを貼られる。チェチェン紛争を通して、チェチェンからのゲリラがパンキシに流入したとロシア側から非難され、特に2001年の9・11(米国同時多発テロ)以降、世界がイスラム過激派に敏感になると、パンキシがテロリストやイスラム武装勢力の温床となっていると指摘された。ジョージア政府もこのころ、国内のテロリストの潜伏を認めたことで、エルザさんのようなチェチェンからの難民すべてがイスラム過激主義者であるかのような汚名を着せられた。

■優勝賞金でゲストハウス開業

「世界の多くの人がいまだにパンキシを危険だと思っていることが問題。旅行者に直接パンキシの今を伝えれば、徐々に負のイメージを払しょくできるはず」。そう考えたエルザさんは、4年前にジョージア政府主催の観光についてのコンペで優勝し、獲得した資金を元手にいまのゲストハウスを始めた。

山に囲まれたパンキシは決して食べ物が豊かな地域ではない。だが旅行者には精一杯の誠意を尽くしてもてなす。ゲストに出すホットミルクに決まって添えられるのは、自家製のハチミツだ。

養蜂の知識は独学で得た。2000年に巣箱2つから始めたものが、いまでは100箱以上になった。地域一帯の呼び名でもある「URTANAULI(ウルタナウリ)」という名前をつけて販売もする。「世界中の人がパンキシを訪れて、ここには恐れるものなど何もないということに気づいてほしい」。そうした思いが根っこにある。

エルザさんは、もっと多くの観光客が泊まれるようにしようと、いま新たな宿泊棟を建設中だ。さらに地元の仲間と2018年、パンキシ渓谷観光開発協会(PVTCA)を発足させた。地域全体で観光客を増やし、地元のさらなる活性化を図りたいと考えている。こうした活動が実を結び、パンキシには現在9つのゲストハウスができ、いまでは年間1000人以上の旅行者がパンキシを訪問するようになった。

チェチェンを逃れて25年。いまの目標を聞くと、「パンキシで一番賑わうゲストハウスにしたい」と語るエルザさん。きょうもあたたかい料理で世界からのゲストを迎えている。

こじんまりとしたAlina’s Guest House

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ホットミルクと、一緒に添えられた自家製の蜂蜜。相性は抜群

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ブリオニ。煮てだしを取った鶏肉とスープは別々の皿で出される

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