タイ北部のチェンマイから車で2時間、タイ最高峰の山ドイインタノン(標高2565メートル)のふもとにあるホワイカーン村に住むのが、山岳民族「カレン族」のヤティー・サライトンプーさん(30)だ。ヤティーさんは昔ながらの自給自足の農業に加え、コメやコーヒーなどの商品作物を栽培。タイ人の平均収入を超える現金収入を得る。大自然の中、誰にも干渉されることのない自立した生活。誰もが羨むスローライフがここにあった。
■スローライフでも年収75万円
ヤティーさんの家から歩くこと10分、眼下に美しい棚田が広がる。ヤティーさん一家は、東京ドーム1個分(1万2000平方メートル)の広さの土地で稲作をする。6月に田植えをし、11月に稲刈り。その後、脱穀、精米し、チェンマイなどの街の商店に卸すという。
毎年5トンのコメを収穫し、その3割を売りに出す。1キログラム当たり売値はだいたい45バーツ(約150円)。年間の売り上げは約6万7000バーツ(約23万円)に上る。それ以外のコメは、日々の食事や家畜の餌、焼酎、翌年の苗作りに使う。
もうひとつの収入源がコーヒーだ。ヤティーさんは、自分の畑のコーヒーチェリー(赤く熟したコーヒーの実)を採取するほか、他の農家からもコーヒーチェリーを買い取る。水洗いして乾燥させてできた生豆は「レバト」というブランド名でチェンマイ市内で販売する。
コーヒーの生豆の値段は1キログラム200バーツ(約700円)だ。年間800キログラムを収穫するとして売り上げは16万バーツ(約56万円)。コメとコーヒーを合わせた総売り上げは22万バーツ(77万円)以上だ。これは、タイの平均収入17万バーツ(約59万円)を優に超える。
他にも柿や梅を栽培する。いまは大豆にもチャレンジしているという。臨時のボーナスは家畜の豚が売れた時。1頭約1万バーツ(約3万5000円)だ。
■疲れたらニワトリに餌やり
自給自足できるということは、誰にも頼らず、自立して生活できることを意味する。カレン族はこの自給自足をする術に長けている。
コメは家族の食料としても栽培する。コメを原料に家で焼酎も作る。ウシ、ブタ、ニワトリを家畜として育てるためタンパク質にも困らない。近くの畑で野菜も作っている。家の周りには南国特有のスターフルーツやアボカドが生る。村でとれた綿花を紡ぎ、カレン族独特の草木染を施し、布を織る。みんなで協力して家も建てる。
一次産業のほとんどをまかなうため、生活費がかからない。ヤティーさんの父、ケーワ・サライトンプーさんは「お金がかかるのは電気代と子どもの教育費、そして魚を買う時くらいかな」と笑う。
雇われていないため給料をもらえない代わりに、上司からプレッシャーを受けることもない。「機織りに疲れたら、ニワトリに餌をやればいい。その日のうちに終わらせる必要もない。自分のペースで働ける今の生活が気に入っている」とヤティーさんは語る。
■ハーブのサウナが憩いの場!
ホワイカーン村の人たちのつながりは強い。彼らの宗教はアニミズム(精霊信仰)。田植えや稲刈りの時期には村人総出で儀式を行う。新年にはそれぞれの家で作った焼酎を近所の人たちに振る舞い、飲み交わすという。
村人が定期的に集まる場所もある。村の中心部から少し登ったところにあるハーブのサウナだ。27種類の薬草と一緒に水を沸騰させ、ビニールで覆った小部屋に水蒸気を送り込む。夜になると村人が集まり、思い思いにサウナを楽しむのだ。たき火に集まって談笑するカレン族の人たちの光景は、銭湯に通って近所の人たちと会話を楽しんでいた古き良き日本の姿と重なる。
■村の世帯数は100に倍増
今でこそホワイカーン村で生活を送るヤティーさんだが、若いころはチェンマイで働きながら大学に通っていた。平日はホテルで接客し、週末は大学で勉強する生活。仕事からくる人間関係の悩みは尽きず、職場でのプレッシャーも大きかったとヤティーさん。大学を卒業した後、生まれ育った村に戻った。
「昔は村に仕事がなかった。でも今は現金収入を得る手段はたくさんある。家族と友だちに囲まれて、自分のペースで仕事ができる村での生活は幸せ」とヤティーさんは語る。驚くことにホワイカーン村の世帯数はこの20年で50から100に倍増した。村を出て行く人もいるが、ほとんどの若者が村にとどまるのだ。
ヤティーさんは今、得た収入を使って収穫したサトウキビを搾る機械の購入を考えている。サトウキビを砂糖にできれば、6〜11月の稲作、11〜1月のコーヒー、2〜5月の砂糖精製という通年のビジネスサイクルが可能となる。「収入がもう少し増えたら日本にも遊びに行くよ」とヤティーさんは嬉しそうに語る。