タイの刑務所で生まれた子どもと受刑者・被勾留者をつなぐ絵本がある。作っているのは、タイで最も有名な絵本作家、ルワンサック・ピンプラッティー(ペンネーム:トゥッポン=TOOPPONG)さん。彼の絵本の特徴は、読み聞かせに使えるのはもちろん、文章をリズミカルにすることで、歌になったり、それにあわせて踊ったり、と親子で楽しめることだ。
「ガーガーガーガー」。タイのバンコク北部にある中央女子刑務所の一室で響き渡るのは、絵本の中に出てくるアヒルの鳴き声。タイ語がもつ5つの声調を駆使することで、歌のようになる。声の主は、出産したばかりまたは妊娠中の受刑者・被勾留者およそ30人だ。
実は、この光景は絵本の読み聞かせの練習。ルワンサックさんが代表を務めるNGOブックス・フォー・チルドレン(BFC)のスタッフらは約1年前から2カ月に1度、中央女子刑務所を訪問。刑務所で出産または妊娠中の受刑者・被勾留者を対象に、ワークショップ形式で、子ども(1歳未満児)への絵本の読み方を教える。彼女らは椅子に座って円になり、指導役のルワンサックさんを囲む。
ルワンサックさんは、ワークショップの参加者一人ひとりに配った絵本を歌うように読んでいく。その後、参加者らが続く。絵本の中の文章は韻を踏んでいるため、リズムがとりやすい。何度か練習すると、参加者らは音とリズムに合わせて踊りだす。「発音が違うよ!」「さあ、もう一度!」。明るく元気なルワンサックさんに、囚人服を着た参加者らも笑顔で応える。
歌って踊れる絵本を作る理由としてルワンサックさんは「読み聞かせしてもらえないと、じっとしていられない子どもになってしまう。絵本の内容をまだ理解できないゼロ歳の赤ちゃんでも、歌や踊りであれば反応が返ってくる。また、歌になると覚えやすい。文字を読めない、ダウン症や自閉症の3~4歳児でも、歌にして何度も聞かせれば一冊覚えてしまう」と語る。
バンケーン中央刑務所で出産した場合、子どもは生後1年に限って、刑務所内で母親と共に過ごせる。BFCのスタッフによると、読み聞かせの活動を始めたばかりのころは、母親や妊婦らは泣いてばかりいたという。しかし今、彼女たちはきれいに化粧をして、読み聞かせの練習に参加する。「ルワンサックさんがここへ来て、絵本をくれ、歌やダンスといった読み聞かせの仕方を教えてくれる。習ったことを生かして、赤ちゃんに絵本を毎晩読み聞かせることで、子どもと一緒に楽しい時間を過ごせるようになった」と参加者のひとりはいきいきと話す。
1歳になった子どもは、受刑・勾留中の母親の元を離れるとき、母親に読んでもらった絵本をもらえる。刑務所に残る母たちは「歌のような読み聞かせを通して、楽しくて明るい子になってほしい」と語る。