ボリウッドダンスに応援合戦!? 犬猿の印パがここでは仲が良い理由

カシミール地方の領有権をめぐり対立が続くインドとパキスタン。「印パ両方の国民が、国家の対立を忘れて盛り上がる場所がある」と聞いて向かったのは、インド北西部パンジャーブ州の都市アムリトサルから車で1時間のワガにあるパキスタンとの国境の検問所だ。ここでは毎日、両国が合同で国旗の降納式が行われるのだが、目に飛び込んだのは、両国の国境警備隊の一糸乱れぬ行進と、観客による怒号のような応援合戦だった。今年で開始からちょうど60年となる式典の様子を取材した。

■大盛り上がりの国旗の降納式

式典の目的は、毎日午前10時から午後4時まで開門している国境の閉鎖と、国旗の降納だ。インドの都市アムリトサルからパキスタンの都市ラホールを結ぶワガの国境は、旅行客も多く出入りする重要な越境地点だが、なぜ国境を閉じる毎日の式典を多くの人が見に行くのか。開始の1時間ほど前にインド側の国境に到着したが、すでに会場の半分は埋まっていた。入場料は無料で、少しでもいい席を確保したいインド人の観客は1時間以上前に会場入りし、式典の開始に備える。観客は、手の甲や頬に国旗をペイントしたり、国旗柄のTシャツや帽子をかぶったり、手持ちサイズの国旗を持つ人も。客席にはアイス、スナック菓子の売り子もいて、スポーツ観戦のような雰囲気だ。インドの地元紙によると、多いときには1万人近くが集まるという。女性が国旗を持って客席の前を通って開始の合図を告げると、大きな歓声が上がった。

続いて始まったのは、国境警備隊による入場行進だ。両国それぞれ10名ほどの国境警備隊が交互に国境のラインまで進む。とさかのような飾りがついた派手な帽子に、一糸乱れず腕を空中に大きく振る様子はマスゲームを彷彿とさせる。彼らが歩き出すと、観客は割れんばかりの拍手で迎えた。

腕を高く上げ、足を揃えて行進をするインドの国境警備隊。このままパキスタン国境ぎりぎりのところまで進む

腕を高く上げ、足を揃えて行進をするインドの国境警備隊。このままパキスタン国境ぎりぎりのところまで進む

目を引くのが、この足の上がりよう。行進の開始時にはこのステップで始めることになっているようで、自分の身長の高さに足を上げ、美しく行進する国境警備隊に、観客からはエールを送るように「ヒュー」という高い口笛や、「ウォー」という歓声が拍手とともに送られる。それぞれの警備隊が国境の手前まで来ると両国が向かい合い、力強いガッツポーズを送り会う。互いに挑発している様子だ。

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それぞれの警備隊が国境の手前まで来ると両国が向かい合い、力強いガッツポーズを送り会う。互いに挑発している様子だ。

両端の隊員が、両手を上げてガッツポーズを見せ合っている

両端の隊員が、両手を上げてガッツポーズを見せ合っている

行進の合間には、「Pakistan Zindabad(パキスタン万歳)」、「Hindustan Zindabad(インド万歳)」と復唱し合い、さながら応援合戦だ。

さらにはMC風な男性警備隊員も登場。観客に声を出すようマイクで呼びかけ、会場を盛り上げにかかった。パキスタン側が叫んでいる最中も、その声をかき消すように、インド側が「ゥオーー」と叫び声を上げる。

インド側の会場を盛り上げる国境警備隊。時々パキスタン側を挑発する仕草も見せる

インド側の会場を盛り上げる国境警備隊。時々パキスタン側を挑発する仕草も見せる

極めつけは、ボリウッド(インド映画)お決まりのダンス。スピーカーから大音量で流れる曲に合わせて女性が集まった一角が体を揺らす。まるでクラブだ。男性もその様子を見ながら客席で踊って騒いでの大盛り上がり。会場は最高潮に達した。

踊る女性客。パキスタン側に近づけないようにするためにロープが張られているが、中には盛り上がりすぎてロープを超えてしまい、国境警備隊から注意を受ける人

踊る女性客。パキスタン側に近づけないようにするためにロープが張られているが、中には盛り上がりすぎてロープを超えてしまい、国境警備隊から注意を受ける人

式典の終盤、印パの国境警備隊が息を合わせて同じペースで国旗を降ろしはじめると、観客は起立して見守り、会場は一転して厳かな雰囲気に包まれる。中には国旗に敬礼する人も。国旗をしまうと、両国の国境警備隊が国境線を挟んで固い握手を交わして敬礼。最後に国境ゲートを閉めて式は終了だ。見物に来たインド人男性の1人は「パキスタンよりインドの方が大きな声が出ていたでしょ。最高だったよ」と満足げな表情を見せていた。

国旗降納後、国境越しに笑顔で握手を交わす印パの国境警備隊。オリーブ色の服がインド、黒色の服がパキスタン。握手をする国境警備隊の足元に見える白線が国境線

国旗降納後、国境越しに笑顔で握手を交わす印パの国境警備隊。オリーブ色の服がインド、黒色の服がパキスタン。握手をする国境警備隊の足元に見える白線が国境線

■かつては自爆テロも

1947年にイギリスから分離独立をしたインドとパキスタンは、1959年からこの国旗降納式を続けている。かつては同じ国であった印パの友好の証を残すためだ。カシミール地方の領有権を争い1947年から3度にわたる印パ戦争など、幾度となく砲火を交えてきたが、式が廃止されることはなかった。

一時的に休止に追い込まれたことはあった。2014年11月、降納式の終了直後に検問所のパキスタン側の駐車場で、イスラム過激派の男によるとみられる自爆テロが発生。式典を見に来ていた市民など50人以上が死亡、100人以上が負傷した。それでも、一時的に式を休止するにとどまり、数日後には再開した。

今年に入っても、カシミール地方での両国の軍事衝突が激化した3月には、パキスタンに拘束されていたインド空軍のパイロットが、ワガの国境でインド側へ引き渡されることになったため、国旗降納式は中止となった。

根深い対立を抱える両国だが、なぜこの式典が廃止されることはないのか。両国が静かに国旗降納を行い、握手を交わしたほうが、両国の関係には良いという意見もあるようだ。筆者も、両国側が熱狂している様子を観戦していて、むしろ互いの対立を助長しているのではないかとさえ感じた。観光で式を観に訪れたというムンバイ出身の男性ヴィジャールさん(26)に話を聞いてみると、「楽しむためにセレモニーに来た。インドとパキスタンは政治的には仲が良くないけど、個人的にはパキスタン人に嫌な感情は抱いていない」と言う。長い歴史のなかで多くの血を流した両国だが、この場所はそういった憎しみを忘れて、両者が純粋に楽しむことができる、一種の「聖域」なのかもしれない。集まった大勢の人たちは式典が終わると、踊り疲れてどこか満足気な顔でぞろぞろと帰って行った。

両国境警備隊が国旗降納を始める様子。観客は立って見守る

両国境警備隊が国旗降納を始める様子。観客は立って見守る