インドの売春婦たちに忍び寄る「HIVの恐怖」、背後にあるのは伝統的な女性軽視?

Sparshの職員のアニタさん。右は筆者(インド・プネーで撮影)

インド中西部マハラシュトラ州のプネーに、人身取引から女性や子どもを救うNGOがある。孤児だった父をもつインド人が代表を務める「Sparsh」だ。プネーに約4000人いるとされる人身取引で売春婦にされた人たちを救出したり、HIVに感染しないための性教育を行っている。ただ、人身取引の被害者を取り巻く現実はそう甘くないようだ。

国連合同エイズ計画(UNAIDS)の2017年の統計によると、インドのHIV感染率は人口の0.2%と、他国と比べてさほど高くはない。しかし感染者数は推定210万人と数は多く、世界全体の感染者数(約860万人)のおよそ4分の1を占める。210万人のうち約65万人が売春婦で、インド全体の感染者の約3分の1に上る。

Sparshの職員であるアニタさん(28)は、売春婦たちに性教育を行うプログラムを担当する。人身取引で売春宿に売られた女の子たちに、HIVの危険性やコンドームの正しい使用法を教えている。アニタさんは、自分の母も売春婦で、幼いころから母の働く姿を近くで見てきたという。

「売春をする子も、HIVが危険だということはわかっているの。でも感染を予防するために、相手にコンドームをつけるよう言う“権利”は彼女たちにはない。インドの伝統が、いまだに女性を弱い立場に置いている。HIVを失くすには、(コンドームなしの性交を拒否できるような)女性全体のエンパワーメントが必要」(アニタさん)

インドでは慣習的に女性が「モノ」のように扱われることが少なくないことも問題だ。プネーで英語教師として働くミタリさん(22)は「インドの農村では伝統的に、女性は料理上手、床上手であればいいと思われている。まるで道具扱い。アンタッチャブル(不可触民・低カースト)の村では、生理中の女性は隔離されて、小さな小屋に閉じ込められる。学校にも行けないの」と説明する。

インドではまた、女性、子どもに対するレイプも深刻だ。インドの国家犯罪記録局の統計によると、2016年の国内のレイプ発生件数は3万8947件。米国の2016年のレイプ発生件数(9万5370件)と比べれば多くはない数字だが、それでも1日に106人がレイプされている計算だ。幼女を対象にしたレイプも目立つ。

インドでは売春婦の8割が、人身売買で売られた若い十代の女の子たちといわれる。彼女らのほとんどは、貧しい家庭の親が金銭目的で売らざるをえなかった子どもたち。アニタさんは「田舎から都会に出れば良い教育が受けられる、と騙されて都会の売春宿へ売られる子もいる」と嘆く。プネーの売春婦が1回の仕事で稼げるのは500~2000ルピー(850~3400円)程度。この8割が宿主に入り、売春婦の手元に残るのは2割程度だという。