モンゴルで旅行会社を経営する山本千夏さん、「コロナのせいで“兼業遊牧民”の人生が終わるかも」

子馬の焼印式(所有者がわかるよう目印をつける)を行った「草原の我が家」のスタッフ一同。焼印式に参加すると、観光客も“家族”の一員になれる

モンゴルの首都ウランバートルから半径100キロメートル以内の草原で“兼業遊牧民”として生活し、日本人観光客にゲル(モンゴル遊牧民の移動式住居)での宿泊体験とエコツアーを提供する唯一の日本人女性がいる。旅行会社モンゴルホライズンの代表・山本千夏さんだ。新型コロナウイルスの影響で、同社が日本人向けに企画するエコツアーはすべて中止になった。「だけど兼業遊牧民としての生き方をやめたくない」と語る。

■収入ゼロでも諦めない

山本さんがコロナ禍で直面する問題は、エコツアー体験型施設「草原の我が家」の運営を存続できるかどうかだ。新型コロナの影響を受け、2020年4月以降、草原の我が家には日本人観光客はまったく来ない。収入ゼロだ。

観光客がゼロになった理由は、モンゴル政府が新型コロナ対策として国境封鎖を始めたことだ。1月27日に、新型コロナの発生地である中国との国境を閉めた。フランスからの入国者がモンゴル初の陽性者だと3月9日に判明したことを機に、モンゴル政府は中国以外のすべての国に対しても入国禁止措置をとった。

入国禁止措置は功を奏した。ワールドメーターによると、9月23日の時点で、新型コロナを治療中の人は11人にとどまる。313人の累積感染者は全員、海外からモンゴルへの帰国者だ。

山本さんが頭を最も悩ますのは、増えつづける赤字。モンゴルホライズンの経営には1カ月に平均で約538万トゥグルク(約20万円)が必要だ。加えて、山本さんが所有する家畜のエサとなるフスマ・ムギ・干し草の相場は収穫期によって大きく変動するので、現段階ではエサ代が読めない不安があるという。

「経営がいくら苦しくても、観光客に乗馬の指導などをする遊牧民のスタッフ5人の給料はきちんと払いたい。そうしないと、彼らの子どもは学校に行けなくなる。遊牧民への給料を優先しているため、私の取り分のほうが少ない」(山本さん)

山本さん自身の生活はギリギリだ。4~6月は、日本の冬に一時帰国した際にモンゴルへ持ってきたお金でやりくりしたが、7~8月はそのお金も底をつきそうになった。家具や衣服など売れるものは売り払った。「今は遊牧民として生き延びるために、家畜を売ったり、屠殺したりして、家畜の数を調整するつもり。最低限まで減らす」と話す。

■余った時間で干し草づくりに挑戦

それでも山本さんは諦めない。草原の我が家は、日本人観光客を満足させるだけでなく、遊牧民自身が遊牧生活を続けながら、夏の時期に臨時の現金収入を確保できる仕組みだからだ。遊牧民をスタッフとして雇うことで、山本さんにとっては人手不足の解消にもつながる。

「自分も含めて遊牧民が遊牧生活を確立することが、エコツアーの観光資源になる。草原に暮らす遊牧民だれもが幸せになれる経営を目標にしてきた。だから兼業遊牧民をやめようと思ったことは、(2009年に兼業遊牧民の生活を始めて)11年で1度もない。兼業遊牧民をやめることは自分の人生が終わることと同じ」(山本さん)

打開策として山本さんは最近、経費削減のために新しいことを始めた。マイナス30度に達する冬に備えての干し草づくりだ。夏の時期は例年、観光客の対応で忙しく、干し草の調達は業者頼みだった。ところが今年は初めて、山本さんと遊牧民のスタッフが山へ登り、電動草刈り機とカマを使って草を刈った。キャンプとして今後のツアープログラムに入れたいと思うほど、干し草づくりの楽しさに気づいたという。

新型コロナが終息した後の山本さんの楽しみは、今まで通り、訪れた日本人観光客を自分の家族のように温かく迎えることだ。

「お客さんの希望が鷹狩なら、友人の鷹匠にハヤブサを連れてきてもらう。馬頭琴(モンゴルの伝統楽器)奏者もビー・ビエルゲー(モンゴルの伝統舞踊)の先生も知り合いなので、要望があればすぐに草原でのレッスンを手配する。馬も乗り放題にし、満天の星空も好きなだけ見てもらう」(山本さん)

山本さんにとっての遊牧生活の醍醐味は、他の遊牧民との共同作業が多いことだ。遊牧民は家族単位の自営業だが、長距離移動や人手がいる作業では、10キロメートル四方に住む他の遊牧民が“ご近所さん”として持ち回りで助け合う。そうした作業の前後には、必ずホームパーティーがつき、作業を娯楽としてみんなで楽しむコミュニティがあることが魅力だという。

ゲルの中で自家製ヨーグルトづくりを体験する観光客。鍋、ストーブ、搾りたての牛乳、少しのヨーグルトがあれば、機械なしでも簡単にヨーグルトは作れる

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