親族4人を殺されたコロンビア避難民の女性、お金はないけど「今は安全だから満足よ」

売り物の氷を右手に持つマルタさん。稼ぎは微々たるものだ。

14歳で駆け落ち、激戦地で新婚生活

カニャスゴルダスに住んでいたころ、マルタさん(当時14歳)には32歳の恋人がいた。18歳の差があることもあって、マルタさんの両親は2人の結婚に反対。それを振り切ってマルタさんと恋人は2人で生活を始めるため、夫が家を持つ、約150キロメートル離れたウラバへ向かった。

ウラバもカニャスゴルダスと同様、国軍、パラミリタレス、左派ゲリラが入り混じっていたところだった。ウラバに移ってすぐ、その家を売り、近くのチゴロドに新しい家を買い、フリホーレス(豆)を使った料理を売る店をオープンした。

「そのころ私は、子ども(後に生まれてくるロズミラ)の妊娠が発覚した。激戦地でも幸せな時間を過ごしていた。ロズミラが1歳になったら結婚しようね、と私たちは約束を交わしていた」

生まれてくる娘のために服を買いに出かけたマルタさんの夫は突然殺された。一緒に暮らし始めて6カ月目のこと。誰に殺されたのか、なぜ殺されたのかはわからない。マルタさんは夫が病院に運ばれたことさえ知らず、翌日に夫の遺体と対面した。「目の前が真っ暗になった」と当時の心境を振り返る。

マルタさんは身重の体でバナナを育てて収穫し、売って生きのびていく。ロズミラさんが生まれるとすぐ実家のあるカニャスゴルダスに戻り、自分の母親にロズミラさんを預け、その後も4年間、チゴロドのバナナ農園で働いた。

18歳のとき(2001年)、メデジン近郊のアヒサルにやってきた。お金がなかったため、トラックの運転手に無料で乗せてもらった。

弟の裏切り、ヒットマンが家に

19歳で2人目の夫を見つけ、一緒に暮らし始める。マルタさんはフライドポテトを売って、また夫は家を建てる仕事をして糧を得る。

しかしマルタさんに卵巣の病気が見つかった。手術が必要になった。フライドポテトの屋台を売り、そのお金で手術をした。

アヒサルで平和に暮らしていたマルタさんだが、2015年、家族のトラブルに巻き込まれることになる。弟がヒットマンを50万ペソ(約1万8000円)で雇い、マルタさんを殺しに突如、家までやってきたのだ。

マルタさんは6人きょうだい。弟のひとりをマルタさんは少しの間、自分が所有する別の家に住まわせていた。「でもその土地が必要になったから、出ていって欲しいと伝えた。すると喧嘩になった」(マルタさん)

弟が雇ったヒットマンが「『出ていけ』と言われたお前の弟から、殺人の依頼があった」と理由を説明する。銃で撃たれそうになったが、マルタさんが叫んだことで近所の人たちが駆け込んできた。マルタさんは助かった。弟は去っていった。

弟はなぜか再び、マルタさんの家にふらっとやってきた。マルタさんは自分を殺そうとした弟をその場で許したという。しかし家のことでまた喧嘩になり、今度はマルタさんが「ヒットマンを雇ってお前を殺すぞ」と脅す。弟は離れていった。

ちなみにアヒサルにはいまだにヒットマンが存在する。「トラブルに巻き込まれたくないから、ベネズエラ難民など周囲の人たちとは仲良くしつつも一定の距離をとるようにしている」とマルタさんは話す。

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