
家族全員がお腹を壊す
メデジンに着いてすぐ、バス代を送ってくれた親せきのつてで、住み込みの家政婦の仕事を得た。だが労働許可証を持っていなかったため日当は2万ペソ(約730円)。最低賃金(1カ月142万3500ペソ=約5万2000円)をはるかに下回る額だ。
その後は屋台でエンパナーダ(トウモロコシの粉を使った大きな揚げ餃子)を売ったり、大手通信会社のオフィスや食堂で清掃や料理をした。「一時在留許可証(PPT)」を取得し、10年間の滞在と就労が認められてからは工場で仕事し始め、1カ月の最低賃金142万3500ペソ(約5万2000円)がもらえるようになった。
「最低賃金をもらえなかったときも、(ベネズエラにいたころに比べれば)生活は大変ではなかった。食べ物が豊かで、20キロ太った。薬は無料でもらえるし、またカラカスに残る母にも仕送りできた」とラボリスさんは振り返る。
ラボリスさんはこうして1年働き、お金を貯めた。カラカスに翌年戻り、置いてきた子どもたちを連れて再び国境を越えた。コロンビアに入国したとき、子どもたちは屋台を見て「わー! 食べ物がたくさんある!」と歓声を上げたという。
ラボリスさんたちが現在暮らすのは、メデジン近郊の貧困地区のひとつアヒサルの家だ。当初は食べ物の豊かさに体が慣れず、家族全員がお腹を壊し、抗生物質を1週間のむほどだったが、それすらも喜びだった。
アヒサルでの生活についてラボリスさんは「コロンビア人はみんな優しいし、差別もない」。その暮らしを支えているのが、ベネズエラ難民やコロンビア内戦から逃れた避難民などの生活向上を支えるNGOコアパスの代表を務めるサンドラ・プエルタさんだ。「子どもに必要なものがあれば、サンドラさんがいつも力を貸してくれる」とラボリスさんは語る。実際、彼女が育てていた姪が保護施設に連れて行かれそうになったとき、サンドラさんが市役所に働きかけ、姪は無事に家に戻ってきた。
マドゥロ大統領は爆弾
それでも家族が暮らすベネズエラへの思いは消えない。「(ベネズエラの)マドゥロ大統領は(ベネズエラ社会を破壊する)爆弾。ゲリラと麻薬の商売をして私腹を肥やし、国民(の利益)を犠牲にしている」と厳しく批判する。政治によって家族をバラバラにされたことへの怒りと悲しみは大きい。
米国のトランプ大統領は、ベネズエラ国家を国際的なテロ組織「カルデル・デ・ロス・ソレス」と呼び、その首領がマドゥロ氏だと痛烈に批判している。そのためマドゥロ氏の逮捕につながる有力な情報の提供者に対して払う報奨金をこのほど5000万ドル(約73億4700万円)に引き上げた。
ラボリスさんは「何か情報があれば、私ももちろん提供する。マドゥロが去ればベネズエラは解放される。コロンビアでもっと稼いで祖国に帰り、大きな家を建てたい。だけど現実は難しい。だから今はアヒサルで暮らしていきたい。いまの小さな願いは、子どもが安全に外で遊べる庭をもつこと」と話す。
コロンビアに来て仕事も家もすぐに見つかった、と話すラボリスさん。「私は幸運だった。でもベネズエラ難民のなかには路上で生活する人もいる。マドゥロが大統領でなくなるよう、神に祈るしかない」と生き生きとした表情で語った。