モーさん。明るくて、楽しそうに話す社交的な人柄。ミャンマーの軍事クーデターで絶望的な状況に追い込まれたようには見えない。現在はピンクカード(タイの一時滞在許可証)も取得し、チェンマイのパヤップ大学の学生寮で暮らす。1年目のみ寮費は免除。ただ「もうすぐ出ないといけない」とのことNLDでボランティア、村々を回る
モーさんはもともと活動的だった。
2019年に高校を卒業してから軍事クーデターが2021年の2月1日に起きる前まで、地元のシャドウで、アウンサンスーチー氏が率いる民主派政党「国民民主連盟(NLD)」でボランティアをしていた。
シャドウの近隣の20ぐらいの村を巡回する。NLDに所属する議員があいさつをした後、30分ぐらいのちょっとしたワークショップを開く。テーマは、健康、性教育、コンピューターの使い方、せっけんの作り方、編み物、ミャンマーの法律、歴史など多岐にわたる。
それが終わったら、みんなで飲み食いをする。多いときは40~50人集まったという。農民は朝から働いて疲れているから、あまりハードにはやらない。ミニワークショップの手伝いをするのがモーさんの業務だった。「とても楽しかった」
モーさんによると、NLDはかねてから村に入って、農民らを対象にこうしたミニワークショップを開いてきた。だが国軍系の政党「連邦団結発展党(USDP)」は選挙の前しかやらないという。
「USDPは村人にお金を払って来てもらっている。写真を撮ってPRしたいから。USDPのことはみんな好きではない。だけどお金がもらえるから参加する人もいる」
モーさんはまた、NLDが政権をとった2016年以降、村々の学校や道路などが整備されてきたと話す。
故郷に戻った妹、カレンニーの学校に
ミャンマーでは18歳から投票できる。モーさんは2020年の国政選挙を待ち望んでいた。
カヤー州で圧倒的な支持を得たのは、NLDではなく、カヤー州民主党(KySDP)だった。この政党は連邦制の実現を主張し、2020年に結成された新党だ。
モーさんはNLDに投票した。ところが2021年の2月1日、国軍が突如クーデターを起こし、全権を掌握した。「まったく理解できなかった。軍事クーデターから15~20日ぐらい経って状況は深刻に。私の人生も狂ったとわかった」
モーさんは軍事クーデターの後、地元のNGO「カヤー・プー社会サービス開発協会(KPSSDA)」でコミュニティ・アシスタントとして働いた。このNGOは国際赤十字(IRC)からサポートを受け、障がい者のために義足を支給したり、ダウン症の子どもの親に金銭援助したりしていた。
妹はこの間、学校に行けず、家の中に閉じこもっていた。たまに農業(父が農家)を手伝うぐらい。教師の母はそんな妹のことをずっと気にかけていた。
ただ妹は結局、チェンマイで教育を受けることが難しかったため、2025年3月にシャドウへ戻った。そのころはKAがシャドウを完全に支配し、一時的なカレンニー政府が公立の学校を作っていた。7年生としてそこに通い始めた。
姉もまた、シャドウへ帰った。カレンニー政府が運営する公立病院でナースとして働く。
KAが国軍を排除したことで、シャドウは現時点では平和を保っている。海外で働くカレンニー族からの送金や寄付を資金源に戦っているようだ。だがモーさんは「今後の状況はだれも予測できない。私がシャドウに帰るかどうかもわからない」と不安をのぞかせる。視界不良の人生はまだまだ続く。














