1000枚の紙幣で作ったポーチを450円で販売! ハイパーインフレ続くベネズエラから逃げた男の生きる術

ベネズエラ難民のヘスス・コリーナさんがベネズエラ・ボリバル札で作った小物の数々といまや“商品”と化した札束(コロンビア・ククタで撮影)ベネズエラ難民のヘスス・コリーナさんがベネズエラ・ボリーバル札で作った小物の数々といまや“商品”と化した札束(コロンビア・ククタで撮影)

インフレ率が2018年末には100万%に達すると予測されるなど、経済が完全に破綻した南米ベネズエラ。ベネズエラでの苦しい生活に見切りをつけ、隣のコロンビアの街ククタに逃れる人は1万人以上にのぼる。そのひとりヘスス・コリーナさん(36歳)は、紙切れと化したベネズエラの紙幣(通貨の名称はボリーバル)でポーチなどの小物を作り、ククタの路上で売る。「札束を持っているより、それを加工して売った方がお金になるんだ」

ベネズエラとの国境の街であるコロンビアのククタは、ベネズエラ人にとって出国の中継地点となっている。だがコリーナさんは言う。「ククタでは、コロンビア人にとってさえ仕事が十分にない。外国人の私にはなおさら。ここを出るお金もないので、(ベネズエラ難民は)道端で商売するしかない」

ベネズエラの紙幣を使ったポーチの作り方は、ククタに来てから他のベネズエラ人のようすを見て学んだという。「紙幣はベネズエラから運んでくる。今では1日に4個くらい作れるようになった。1000枚の紙幣で1つできあがる」と話す。

紙幣ポーチの値段は1万2000ペソ(約450円)。まったく売れない日もあるという。それでもベネズエラでの生活よりマシだ。ベネズエラ政府は公務員の数を増やすことで経済危機を乗り越えようとするが、「公務員の平均月収は500万ボリバル(2018年7月時点のレートで約4000円)。1キロのコメの値段が250万ボリバル(約2000円)なので、月収は2キロ分にしかならない。生活なんてできない。公務員の給料が低いため、みんな自分で商売している」(コリーナさん)。

コリーナさんがククタで暮らすアパートの家賃は1カ月60万ペソ(約1万5000円)だ。ベネズエラ人2人と一緒に住む。「(節約して)お金が貯まったらもっと観光客のいる(コロンビアの首都)ボゴタに移りたい。もの珍しさでポーチを買ってくれるのはやっぱり観光客だから。お金が貯まり、ベネズエラの情勢が収まれば、いつかは帰りたい」と故郷を懐かしむ。

コリーナさんはがベネズエラの首都カラカスからククタに到着したのは2018年1月のこと。両国を結ぶサン・アントニオ橋を徒歩で渡った。「国境を越えるのは簡単だった。国境通行証を見せれば通してくれた」と初めてコロンビアに入国した当時を振り返る。母と3人のきょうだいはまだベネズエラに住んでいる。ほぼ毎月約10万コロンビアペソ(約4000円)を家族に仕送りしている。

ベネズエラは、サウジアラビアを上回る世界一の石油埋蔵量を誇る国。ところが近年は、投資不足による生産量の減少と石油価格の下落を受け、経済は完全に破綻。ハイパーインフレと深刻な物不足を理由に、2014年からベネズエラを逃れた人の数は230万人を数える。国連人権理事会(UNHRC)は2018年9月、ベネズエラ政府は海外からの人道支援を受け入れるべきとする決議を採択した。こうした決議は史上初めて。

「これで買えるのはあめ玉1つぐらい」とベネズエラ・ボリーバルの札束を2つ抱えて話すヘスス・コリーナさんさん(コロンビア・ククタで撮影)

「これで買えるのはあめ玉1つぐらい」とベネズエラ・ボリーバルの札束を2つ抱えて話すヘスス・コリーナさんさん(コロンビア・ククタで撮影)