軍事クーデターで人生が狂ったカレンニー族の女性、困難は「行動力」で乗り越えられるか

モーさん。明るくて、楽しそうに話す社交的な人柄。ミャンマーの軍事クーデターで絶望的な状況に追い込まれたようには見えない。現在はピンクカード(タイの一時滞在許可証)も取得し、チェンマイのパヤップ大学の学生寮で暮らす。1年目のみ寮費は免除。ただ「もうすぐ出ないといけない」とのこと

ミャンマー国軍が5年前(2021年2月1日)に起こしたクーデターで、人生を狂わされた女性のひとりが、タイ・チェンマイに来てもうすぐ2年が経つモーさんだ。23歳。カヤン族(カレンニー族の支族のひとつ)の彼女は「めげない行動力」を武器に人生を切り開こうともがき続ける。

11歳の妹と逃避行、タイへ不法入国

モーさんは、ミャンマー東部のカヤー州シャドウ(2014年の統計で人口7000人)で生まれ育った。

軍事クーデターが起きてからしばらくの間、シャドウは見た目には“平和”だったという。国軍が基地を置き、支配していたからだ。自由はなかったが、空爆もなかった。

シャドウで空爆が始まったのは2022年末ぐらいからだ。民主派の武装組織「国民防衛隊(PDF)」がやって来て国軍に反撃した。国軍は空爆で対抗。モーさんの実家も破壊されたという。

ただモーさんがチェンマイにやってきたのは、空爆だけが理由ではない。大きな目的は、一番下の妹に教育をなんとか続けさせたいと思ったからだ。4人きょうだいで話し合って、タイに連れていき、そこで教育を続けたらどうか、という結論に至った。

そこでモーさんは、当時11歳だった妹と一緒に逃避行に出る。2024年4月のことだった。

ルートはこうだ。

シャドウからまずはタイとの国境まで歩く。タイ側の街メーホンソンのナンスエに渡って、あとはバスでチャンマイへ。

大変だったのはミャンマー国内での移動だ。アップダウンの山道を3日間歩き続けた。国軍からいつ爆撃されるかわからない。地雷が埋まっている場所もある。気が気ではなかった。

タイとの国境近くにある山の上はすでに、カレンニー族の武装勢力「カレンニー軍(KA)」が国軍を追い払い、軍事拠点を築いていた。そこで昼寝させてもらい、体力を回復させてから国境を歩いて越えた。

パスポートはないから不法入国だ。「モーさんと顔が似ている4歳上の姉のピンクカード(タイの一時滞在許可証)の写真を送ってもらい、警察に万が一捕まったら、それを見せてごまかそうと思っていた」と笑う。

メーホンソンのナンスエはタイのカレンニー族が多く暮らす地域だ。見知らぬ家に2泊させてもらってから、バスでチェンマイに向かった。「カレンニー族はいつも協力しあうの」とモーさんは言う。

仕事を転々、スペイン人からセクハラも

パワフルなモーさんは驚くことにチェンマイで2日だけ休み、3日目に仕事の面接に行った。オーナーに気に入られ、有名なタイ料理屋で仕事を得る。厨房、受付、ときにはオーナーの家でそうじもした。

パスポートも、ピンクカードも持っていなかったが、月給9000バーツ(約4万4500円)もらえて3食付き。やりくりはできた。ただキリスト教徒(バプティスト)であるモーさんにとって、日曜日に教会に通えないのは辛かったという。

「休みは月に1~2回しかない。休みの日もオーナーに決められてしまう。教会に行きたくても行けなかった」。結局、3カ月で辞めた。

ちなみにこのレストランはミャンマー人を多く雇っていた。ミャンマー人のお局(一番の古株)もいて、面倒くさいこともあったという。

だがモーさんは持ち前の行動力を生かし、すぐに別の仕事を探す。ナニー(ベビーシッター)を募るフェイスブックグループに入ると、中国人のエージェントが「自己紹介のビデオを送ってくれ」と頼んできた。

モーさんが働くことになったのは、チェンマイ屈指のおしゃれなエリア「ニマンヘミン」に住む、中国人女性とスペイン人男性の夫婦の家。4歳の娘がいた。

モーさんはこの夫婦と初めて会ったとき、好印象をもったという。「ピースやラブの話をたくさんした。ハグも交わした」。日当が500バーツ(約2400円)というのも嬉しかった。

ところがスペイン人男性からのセクハラに悩まされるように。「きみはかわいいね。僕の妻はもうおばさん(当時42歳)なんだけど、子どもがもうひとりほしいんだ」などと卑猥な言葉を時折浴びせられる。

耐えきれなくなったモーさんはエージェントへ事情を説明し、この家を去った。だがこの夫婦はしつこく、モーさんにこれまでプレゼントした服を「盗まれた」と言いがかりをつけてくる。さらに、モーさんの次の職場(ナニーとして働く家)にも電話をかけ、邪魔しようとしたという。

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