ノーベル平和賞にマチャド氏、ベネズエラの独裁政権は倒れるのか‥‥アヘン戦争を思い起こす

ノーベル平和賞を受賞したベネズエラの反体制派活動家マリア・コリーナ・マチャド氏(venteorlandoflのインスタグラムから引用)

「めでたいけれど、これでベネズエラは変わるのだろうか」。これは、独裁政治が続く南米ベネズエラの反体制活動家マリア・コリーナ・マチャド氏(58)のノーベル平和賞受賞が決まったとき、あるベネズエラ人が発した言葉です。

日本のメディアはまれにしか報じないので、知られざるベネズエラの惨状。ノルウェーのノーベル委員会が発表した受賞理由にはこんな一節があります。

「ベネズエラは、比較的民主的で豊かな国から、残忍な権威主義国家へと変わり、人道的・経済的危機に苦しんでいます。国民の多くが深刻な貧困状態にあるなか、一部の権力者は富を蓄えていますが、国家の暴力的な機構は、自国民に敵対しています。800万人ほどが国を出ました。野党は、選挙の不正操作、訴追、投獄などによって組織的に弾圧されています」

ベネズエラの惨状がスッと伝わるよう、上の文章をもっとシンプルにし、また必要不可欠な情報を少し足してみました。それがこちら。

・世界最悪のインフレ(デノミネーションでゼロを合計14個もとった。円に置き換えるならば100兆円が1円に)
・1カ月の最低賃金は1ドル以下
・国民の95%以上が貧困層
・独裁政権(マドゥロ大統領)に批判的な発言をすると拘束される(軍関係者が家まで来る。これを「トゥントゥン作戦」と呼ぶ)
・ベネズエラの死因の2番目は「暴力」(2020年のWHOのデータによれば、暴力で命を落とした人の数は年間1万8132人、死亡者全体の11.5%を占める)
・マドゥロ大統領や国軍幹部は麻薬密輸組織「カルテル・デ・ロス・ソレス」を直接率い、莫大な利益をあげている
・選挙は実施されているものの、野党の有力候補を常に排除する(そうしたひとりがマチャド氏)
・投票したい候補者がいないことから、今年5月25日に実施された議会選挙の棄権率は「85%以上だった」(マチャド氏)*ベネズエラの選挙管理委員会が発表した投票率は42.6%
・国民の4分の1(およそ800万人)が難民として国を出た

ここでやはり気になるのは、マチャド氏がノーベル平和賞を受賞したことで、ベネズエラに変化は生まれるのか、独裁者は去るのか、民主主義は訪れるのか、ということ。

参考までに、知名度がとくに高い過去のノーベル平和賞の受賞者の名前を並べてみます。

・ダライ・ラマ14世(チベット、1989年)
・アウンサンスーチー氏(ミャンマー、1991年)
・ヤーセル・アラファト氏(パレスチナ、1994年)、イツハク・ラビン氏とシモン・ペレス氏(ともにイスラエル、1994年)
・マララ・ユスフザイ氏(パキスタン、2014年)
・デニス・ムクウェゲ氏(コンゴ民主共和国、2018年)

どうでしょうか。チベットは、ミャンマーは、パレスチナは‥‥30年経っても悲しいほど変わっていません。むしろ、政府/強者からの迫害は強まっています。

ベネズエラの情勢を憂慮してganasは5年半前から、マドゥロ政権の失政と迫害に苦しむベネズエラの庶民の生活を支えることを目的に、国内にとどまらざるをえないベネズエラ人(講師3~4人、教材制作者2人)からスペイン語を教えてもらうプログラムを開講してきました。レッスン料の大半をベネズエラの講師らに「公正な報酬」として送るのが第一の目的です。

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ノーベル平和賞の受賞でようやく日の目を見るようになったベネズエラの惨状。スペイン語(+ベネズエラの情勢や文化なども)を学ぶことでベネズエラの庶民の家族の暮らしを一緒に支えませんか? 国際協力の新しいカタチ。

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この流れでトランプ関連のお話をひとつ。ベネズエラに対してトランプ政権はここ1カ月超、強硬な麻薬取り締まりを敢行しています。カリブ海南部に米軍を展開し、ベネズエラを出発したコカイン運搬船を攻撃。犠牲者まで出しました。

このやり方についてツイッター界隈などは「米国がまたかよ!」「石油目当てだろ!」といった批判的な声が聞かれます。

ですが米国の現状を冷静に見ると、フェンタニルやコカインといった麻薬のまん延はいまや大問題となっています。米国の死因の6番目が「薬物の使用」。2020年のWHOのデータによれば、薬物の使用で命を落とした人の数は年間7万4435人、死亡者全体の3%を占めます。

米国国内で麻薬がまん延するのは根本的には米国の問題かもしれません。それはともかくとして、コカインの密輸元であるベネズエラの船を攻撃した米国。世界史を振り返ると、実は過去に似たケースがあります。

それが1840~42年に英中間で勃発したアヘン戦争です。アヘン戦争に至った経緯を改めて説明すると、次のとおりです。

英国は、当時の植民地インドで栽培したアヘンを中国(清)に密輸し、莫大な利益をあげていました。ところがアヘンの吸引で健康を害する中国人が増加。また風紀も乱れてきたことから、清はアヘン密輸の取り締まりを強化します。

これに怒ったのが英国。清に戦争を仕掛け、勝利したのです。戦後に結ばされた南京条約で、香港が英国に割譲されたのは周知のとおりです。

翻って現代。米国の麻薬中毒者に向けてコカインやフェンタニルを売っているのは、ベネズエラをはじめラテンアメリカ諸国(フェンタニルの原料は中国から調達)。しかもマドゥロ大統領らが直接率いる麻薬密輸組織「カルテル・デ・ロス・ソレス」がぼろ儲けしているとなれば、トランプ大統領でなくても排除したくなるのは当然かもしれません。

対照的に、マドゥロ政権はコカインで稼いだ巨額の利益があるから、軍の幹部らに分け前を与えることができ、それが独裁政権の維持につながっているともいえます。独裁政権を保つには軍を味方につけるか、軍を弱体化させるかが大事ですから。

こういった意味ではトランプ大統領とマチャド氏の利害関係(マドゥロ大統領を排除したい)は一致するわけです。

ちなみに米国は1989年に、麻薬の密輸に関与していたパナマの独裁者だったノリエガ将軍を排除すべくパナマへ侵攻したことがあります。トランプ大統領がここまでやるかどうか注目です。

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