「たばこを控えて子どもの授業料をためよう」、健康を守るコミュニケーション手法BCCの有効性

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途上国の人たちの健康を、コミュニケーションを使って守るにはどうすべきか――。英国のロンドン大学教育研究所(IoE)で2月14日、健康増進とコミュニケーションの専門家、へーゼル・スラビン氏が「健康促進と幸福」のテーマで特別講義をした。このなかでスラビン氏は、ひとつの戦略として「行動変容のためのコミュニケーション」(BCC)の有効性を紹介した。

■途上国に市場を広げるたばこ会社

BBCとは、その地域や社会の「外部要因」に配慮しながら、消費者とコミュニケーションをとるソーシャルマーケティングの一種。人々の行動や生活パターンを望ましいものに変えることを目的とする。

健康を促進するコミュニケーションでは従来から、「情報・教育・コミュニケーション」(IEC)と呼ばれるやり方が一般的だ。IECは、宣伝などを通じて知識や情報を伝え、人々の行動変容を目指すもの。スラビン氏は「知識の伝達だけでは、個人の行動は変わらない。IECは、最も危険なアイデアだ」と述べ、IECの有効性に疑問を投げかける。

IECとBCCの効果の違いをわかりやすく説明するために、スラビン氏が例として挙げたのが、たばこによる健康被害を途上国でいかに抑制するかというケースだ。

たばこ産業を巡っては、とりわけ先進国では、健康被害を懸念して法規制をかけられるケースが多い。値段も高く、英国では1箱7ポンド(約1000円)以上で売られている。たばこは吸わないというトレンドも社会に浸透してきた。こうした風潮は、先進国のたばこ会社にとっては死活問題になっている。

このため先進国のたばこ会社はこぞって、途上国市場の開拓に本腰を入れ始めた。「ラッキーストライキ」や「ケント」などの銘柄で有名な世界2位のたばこ会社ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)は、アフリカ市場でのプレゼンスを拡大させつつある。日本たばこ産業(JT)も、中東や北アフリカなどで水たばこを販売するナハラを買収した。こうした動きは、途上国の喫煙者の数をさらに増やし、途上国の人たちを健康被害にさらす危険をはらむ。

■「恋人が嫌がった」から禁煙した

巨大たばこ会社の攻勢が強まるなか、途上国で暮らす人のたばこ消費を抑えるにはどうすればいいのか。たばこ産業を法律で縛ったところで、途上国では法律が守られなかったり、効果が出なかったりするケースは少なくない。かといって、「たばこは健康に悪影響を与える」とIEC的なアプローチで消費者に情報を与えるだけでは、人間の行動を変えることは難しいのはこれまでの経験からも明らかだ。

そこで浮上するのがBCC的アプローチ。「喫煙は健康に良くない」と情報を単に発信するのではなく、「たばこを控えて、子どもの授業料をためよう」と訴えかける。前向きで、具体的な言葉で特定の行動を働きかけるのがポイントだ。スラビン氏は「IECよりBCCのほうが有効だ」と力説する。

かつて喫煙していた人に、たばこを止めた理由を尋ねると、「たばこを吸うグループから抜けたから」「恋人がたばこを嫌っていたから」という答えが返ってくることが多い。これは、ニコチン中毒になる前の喫煙者に対しては、たばこの健康被害を強調するよりも、その人を取り巻く環境に基づき、禁煙を勧めるアプローチが有効であることを示している。

世界保健機関(WHO)のデータでは、非感染性疾患(心血管疾患、がん、慢性呼吸器疾患、糖尿病)で毎年3600万人以上が全世界で死んでいる。これは、世界の年間死者の6割を占める。非感染性疾患を死因とする人の8割、数にして2900万人が低・中所得国の在住者だという。

非感染性疾病は、約10年前までは主に先進国で見られる病気だった。だが欧米流の食生活や生活習慣が途上国に入ってくるに連れて、途上国で暮らす人も、先進国の人と同じような健康状態に陥った。健康に対する意識がまだ高いとはいえない途上国の人の健康を守るために、BCC的アプローチの重要性は今後ますます高まりそうだ。(ロンドン=吉田沙紀)