エチオピア・ティグライ紛争の主要因は「体制移行の急ぎすぎ」、アフリカ日本協議会・稲場雅紀氏に聞く

稲場雅紀(いなば・まさき)氏
1969年生まれ。1990年代に横浜・寿町の日雇労働者の医療・生活相談や、日本のLGBTの人権運動に従事したのち、2002年からNPO法人アフリカ日本協議会で国際保健部門のディレクターを務める。著書に「SDGs 危機の時代の羅針盤」(岩波新書、南博・元国連大使と共著)などがある。稲場雅紀(いなば・まさき)氏。1969年生まれ。1990年代に横浜・寿町の日雇労働者の医療・生活相談や、日本のLGBTの人権運動に従事したのち、2002年からNPO法人アフリカ日本協議会で国際保健部門のディレクターを務める。著書に「SDGs 危機の時代の羅針盤」(岩波新書、南博・元国連大使と共著)などがある。

――エチオピア国内は現在、どんな状況か。

「『TPLF対エチオピア政府・アビィ首相』という構図に限定して言えば、ティグライ州を除いてエチオピア国内ではアビィ首相側を支持する声が多いように思える。もちろん、その中にもさまざまな関係者の動きがあるわけだが。

『米国や国際社会がTPLFを裏で支援している』といった主張も、国内ではかなり強く出てきている。TPLF側も実際、国内での戦闘だけでなく、政権を主導していた当時に培ったさまざまな外交人脈を駆使している。米国をはじめ、各国もその影響を受けていないわけではない。

いずれにしろ、それぞれが追い詰められた状態にある。知り合いのエチオピア人と話しても、客観的で冷静な対話が難しい状況だ」

――民族連邦制を主張するTPLFと国家の統合を目指すアビィ政権。どちらが正しいかは簡単に判断できない。これについてどう考えるか。

「アフリカの紛争はすぐに『民族紛争』『部族対立』と解釈されがちだ。だが実際は権力や富の配分をめぐって生じており、『民族』『部族』はそこに人々を動員する装置として使われている側面が強い。地方の統治機構を民族別に再編すれば紛争がなくなるということはない。

実際、近年の経済成長や農村開発における外資導入のトレンドと関連して、アディスアベバの領域拡張をめぐるオロミヤ州との紛争や、アムハラ州と隣接州の境界線をめぐる紛争などが頻発している。これは、現代エチオピアでの民族連邦制という制度の限界を示すものだろう。

そうならば、権力や富の配分について、より穏健で「敗者を生み出さない」方法論を開発し、移行を進めることが重要ではないか」

同じ穴のむじな

――アビィ首相の側も、主要な野党のリーダーを拘束したり、民衆を紛争に扇動するなど、ノーベル平和賞受賞者とは思えない言動がある。アビィ首相をどう評価するか。

「アビィ首相は、メレス元首相の亡き後、エチオピアの新しい歴史を作るべき指導者として登場してきた。中長期的なビジョンをもつリーダーであることは事実だ。

ただ今回の事態については、改革を急ぎすぎてかじ取りを誤った責任は免れ得ない。そのうえ、ティグライ州に入る食料や薬といった支援物資を止め、インターネットを遮断し、ジャーナリストがティグライ州に入るのも禁止するなど、強権であることも否めない。

しかしこういったことはTPLFが反対勢力に対して長年してきたことでもある。TPLFがアビィ氏に対して『独裁者』と言うのなら、その言葉はそのまま自分たちに返ってくる。同じ穴のむじなだ。

スターリン主義独裁のメンギスツ政権、鉄の支配と呼ばれたメレス政権が続いてきたエチオピアには、強権主義的な政治文化が根付いてしまっている。こうした政治文化を変えるのは、一朝一夕にできることではない」

――アフリカを長く見てきて、今のエチオピアの状況をどう考えるか。

「とてもつらく感じる。エチオピアは植民地時代にも独立を維持した。EPRDF体制は強権とはいえ国家の統一を回復し、保健・教育、ジェンダーなどの社会開発に真剣に取り組んだ。そして貧困と飢餓のイメージに塗りつぶされていたエチオピアを、自立し前進する新興国へと導いてきた。それがこうした形で挫折するのは、大きな損失だ。

またエチオピアのアディスアベバにはアフリカ連合(AU)の本部がある。AUは『アフリカの問題はアフリカで解決する』といって立ち上がった組織。いろんな問題はあるが、AUはアフリカの希望でもある。

そのAUのキャピタルであるエチオピアがぐらつけば、アフリカ全体がぐらついてしまう。難しいことは事実だが、できる限り早くエチオピア政府とTPLFが協議をもち、停戦合意を結んで平和を実現してほしい。エチオピアがこの傷をいやし、挫折から立ち上がることを心から願う」

ジェベナと呼ばれるコーヒーポットで淹れたコーヒー。挽いたコーヒー豆とお湯をジェベナに入れ、火にかけて湯だしするのがエチオピアコーヒーの特徴だ(写真提供:稲場雅紀氏)

ジェベナと呼ばれるコーヒーポットで淹れたコーヒー。挽いたコーヒー豆とお湯をジェベナに入れ、火にかけて湯だしするのがエチオピアコーヒーの特徴だ(写真提供:稲場雅紀氏)

1 2 3