終始笑顔で取材に応じてくれたサンさん。彼が着るのは、故郷ミャンマーから持ってきたお気に入りのTシャツ。同じものを2枚持っているという。胸元には「While there’s life, there’s hope」(人生がある限り希望はある)とプリントされている低賃金に抗い「今日」を生きる
エブラムグループではタイの大手通信キャリア、トゥルーからの委託を受け、主に4Gから5Gへネットワークを移行する業務を担当した。またミャンマー人エンジニア25人を率いるスーパーバイザーとして奮闘した。
だが賃金は、タイ在住のミャンマー人労働者の最低月給2万5000バーツ(約12万5000円)を大きく下回る月給1万8000バーツ(約9万円)という違法な水準。脱出を最優先するために受け入れた条件だったが、不当な労働環境への疑問はぬぐえず、1カ月前に辞表を提出。フリーランスのエンジニアに転身した。
現在はオンラインで案件を探しながら、月に1万3000バーツ(約6万5000円)ほど稼ぎ、食いつなぐ。最大の懸念は、退職に伴って失った医療保険。未加入の場合、けがや病気の医療費は全額自己負担となる。家族も友人もいない異国で暮らす移民・難民にとって医療の不安は大きい。
それでも彼は下を向かない。「過去と未来にはとらわれない。今日を生きるだけ。ヤーバーデー」。取材中、彼は何度もこの言葉を繰り返した。
「なんとかならないこと」もある
愛する7人の家族と離れて異郷での一人暮らし、貯金ゼロ、軍政下に置かれる母国、最低賃金以下の不当な労働環境、来月の仕事さえ約束されていない今。サンさんは重なる困難のすべてを「ヤーバーデー」の気持ちで受け止め、その時その時の最善を選び取って乗り越えてきた。
「平和な日本にもし生まれていれば、そのほうが幸せだったと思う。だけど変えられない運命がある。余計なことは考えない。目の前のことに集中するだけ」(サンさん)
彼にとってヤーバーデーという言葉は決して諦念の吐露ではない。明るい未来を手繰り寄せるための「希望の呪文」なのだ。
しかしそんな彼にとって唯一、ヤーバーデーだと思えないことがある。それはミャンマーの軍政下で苦難を強いられる母国、家族、友人の行く末だ。
「ミャンマーの平和のために、われわれミャンマー人のために、政治情勢を変えてほしい」。これがミャンマー国軍に伝えたい彼のメッセージだ。彼が放つこの短いセンテンスは強く、そして切実な祈りのように響く。














