100メートル男子「T47クラス」のセネガル記録保持者のマメ・ウスヌ・ディオップさん。 セネガル・ダカールにある競技場スタッド・レオポール・セダール・サンゴールでの取材中に撮影競技用シューズを持っていない
マメさんの金銭事情は苦しい。「セネガルではスポンサーがつく陸上選手はほとんどいない」。サッカーとセネガル相撲が人気のセネガルで、陸上への関心は低いのが現状だ。マメさんにもスポンサーはついておらず、オンラインで洋服を売る仕事をしながら、月20万cfaフラン(約5万5000円)のアスリートとしての活動費などをまかなう。
「足りない。どうしても困った時はは友だちに援助してもらっている」(マメさん)
競技場から車で1時間かかるマメさんの家。仕事が終わった後の夕方5時から夜の9時までの4時間が練習時間だ。彼が履く靴は、一流アスリートにもかかわらず、少し汚れたノーブランドのスニーカー。「競技用のシューズも今は持っていない」とマメさんは悩みを打ち明ける。
マメさんが練習するスタジアムの使用料や指導してもらうコーチの費用はかからない一方、スタジアム内のジムは有料で、1回当たり1000cfaフラン(約270円)だ。コーチの費用が無料なのは、引退したアスリートをコーチとして雇用するシステムをセネガル政府が持つからだ。このシステムで現役アスリートは無料でコーチをつけられ、またアスリートは引退後も働ける。マメさんを指導する2人のコーチも給料はセネガル政府が払う。
家族を幸せにしたい
マメさんが陸上競技と出会ったのは2021年。故郷のセネガル北部のムバーヌにパラアスリート団体が来た際、初めて陸上に触れた。「走ることの楽しさを知ったし、陸上で家族を幸せにしたいと思った」と当時を振り返る。
陸上を初めてから5年、マメさんは家族を幸せにするために走り続けてきた。だが2026年、彼は最愛の母を亡くした。母の死後に開催されたモハメド6世国際陸上競技大会でマメさんは銅メダルを獲得。初めての表彰台に立った。「入賞した時は言葉で説明できないほど嬉しくて、涙が出てきた。その場に母がいて欲しかった」(マメさん)
2年後に迫るLAパラリンピック。夢のパラリンピック出場を果たせば、アフリカ大陸を初めて飛び出すことにもなる。一生懸命育ててくれた亡き母を安心させるためにも、マメさんはスタッド・レオポール・セダール・サンゴールのトラックを走り続ける。

障がいのある左手の痛みに耐えながら100キログラムのダンベルを持ち上げるマメさん。ダカールのトレーニングルームで(写真はマメさん提供)














