タイから母国を支援するミャンマー人、飲酒運転でバイク事故を起こすも賄賂5万円で帳消し

ジャックさん(仮名、41歳)。同じアパートには本国の税務調査から逃れた英国人、徴兵を拒んだロシア人、反共産主義の中国人が身を寄せる。国籍は違っても、ジャックさんを含め全員がマリファナ仲間だ。「自分がハッピーなら、ハッピーな友だちができる」(ジャックさん)

「学生ビザがあったおかげで立件されずに済んだ」。そう語るのは、ミャンマー国軍の徴兵から逃れ、タイ北部の街チェンマイで暮らすジャックさん(仮名、41歳)。缶ビールを5本飲み雨の夜道でバイクを走らせていたところ、前方を走る車に追突。本来なら飲酒運転で高額な罰金を科されるところ、タイ語が堪能な友人の交渉で1万バーツ(約5万円)の賄賂を払って刑事手続きを免れた。

1万円のヘルメットが木っ端微塵

事故が起きたのは、チェンマイの大型ショッピングモール「セントラルフェスティバル」の前の幹線道路。ジャックさんの愛車はホンダ「クリック」(150cc)で、相手はタイ人が運転する日産マーチだ。飲酒後に時速65キロメートルで雨の中を走っていたジャックさんは前方のマーチの減速に気付き急ブレーキをかけるも、間に合わず追突した。

バイクの前輪がマーチに衝突し、テールランプが破損。ジャックさんは頭を車のリアガラスに打ち付け、その場に倒れ込んだ。

警察の現場検証が行われる中、ジャックさんは救急車で近くの公立病院に搬送された。レントゲンや頭部の磁気共鳴画像(MRI)を撮った結果、脳に異常はなく命に別条はなかった。「2000バーツ(約1万円)のヘルメットが粉々になることで命を守ってくれた」とジャックさん。両腕の骨折と脱臼、両足の軽い打撲、下あごを数針縫うけがで2日間入院した。

ジャックさんは補償限度額3万バーツ(約15万円)の自賠責保険に加入しており、医療費はすべて保険でまかなえた。「治療はまともだったが、公立病院なのでサービスは最低限。食事は毎食、具のないお粥で、トイレに行くには点滴台を押して急なスロープを上らなければならない。夜になると看護師がナースステーションでいびきをかいていた」とジャックさん。

ただ病院に入院していてもジャックさんは飲酒運転中に追突事故を起こした加害者だ。自由な外出は認められず、治療が済むと救急車で警察署へ運ばれた。本来なら身柄を拘束され、高額な罰金を科されてもおかしくない。しかしここで絶大な効果を発揮したのが留学生という身分だ。

2021年の軍事クーデターの後にタイに逃れたミャンマー人の多くは不法滞在状態にあるか、ピンクカードなどの制限付きの滞在許可で暮らす。彼らはタイ国内で弱い立場にあり、強制送還を見逃す見返りに警察から高額な賄賂を要求されたり、残業代の不払いといった劣悪な条件で働かされたりすることも少なくない。

「学生ビザを持たないミャンマー人の友人は検問で飲酒運転が見つかり、2日間身柄を拘束され、2万バーツ(約10万円)の罰金を科された」とジャックさん。2万バーツは飲酒運転の現行犯の罰金の最高額だ。10万円の罰金が5万円の賄賂で帳消しになったのは「アソーデカ・アカウン(ミャンマー語で「不幸中の幸い」の意味)だった」(ジャックさん)。

刑事手続きを免れただけでなく、民事の示談交渉でも留学生の身分が威力を発揮した。追突された車の運転手にけがはなかったものの、相手は当初、車の修理代として3万5000バーツ(約17万5000円)を請求した。自賠責保険には対物補償がないため全額自己負担となるが、ジャックさんが通う大学の自治会が間に入った結果、2万バーツ(約10万円)に減額できた。

ジャックさんが籍を置くのは、仏教系国立大学として知られるマハーチュラロンコーン大学の社会学部。クラスメイトの半数がミャンマー人で、うち3割はジャックさんと同年代の30~40代。授業料は年間1万3000バーツ(約6万5000円)で、インターナショナルコースは週2回の通学で済む。「ミャンマー人はビザが得られ、留学生が増えれば大学は補助金が下りる。ウィンウィンなシステムだ」とジャックさんは言う。

学部は4年制で、ジャックさんは現在2年生。卒業後の展望について尋ねると、「学生ビザでタイに居続けるために別の学部に入り直す。永遠の大学生だ」と笑いながら話す。ジャックさんの妻は両親の介護のためにミャンマーのヤンゴンに残るが、将来的にはタイへ呼び寄せ、一緒に定住したいと考えている。

バイク事故の直後のジャックさんのレントゲン写真(左手首)。手首を骨折し、局所麻酔をした上で看護師3人に押さえつけられながら整復した。「タイの医療レベルは高い。妻は以前ミャンマーの病院で誤診され、危うく健康な甲状腺を摘出されかけた」とジャックさん

ジャックさんのバイクの車両税納付証明書。自賠責保険に加入して車両税を納付すると発行される。法律上は強制加入だが、実際には無免許・無保険のミャンマー人も多いという。タイで生き抜くための三種の神器は「友だち、保険、学生ビザ」(ジャックさん)

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