サバクバッタがイラン襲来! 新型コロナとのダブルパンチ食らう

木にかじりつくサバクバッタの大群(FAOのツイッターから引用)

東アフリカで2019年に爆発的に繁殖し、農作物を食い荒らした「サバクバッタ」(バッタ)が中東へ押し寄せてきた。11万人の新型コロナウイルス感染者を抱え、国境封鎖など厳しい措置をとるイランにも、バッタは容赦なく侵入。イランの英字紙ファイナンシャルトリビューンは5月8日、すでに南部の7つの州でバッタが1700平方キロメートルの土地を荒らしたと報じた。イラン経済について国際通貨基金(IMF)は、新型コロナの影響から2020年のインフレ率を34%と予測。だがバッタによりさらに悪化する恐れがある。

■バッタの大群が10キロ続く

イランでは2月下旬から、新型コロナの感染が爆発的に広がった。副大統領や副保健相など、新型コロナ対策の最前線にいた政治家も次々と感染。5月15日時点の感染者総数は11万7000人、死者数は6900人にのぼる。そんなイランに追い打ちをかけるのがバッタの襲来だ。

バッタの大群も、新型コロナとちょうど同じころ、イラン南部に侵入し始めた。密度の高い群れが7~10キロメートルも連なって飛ぶのが確認されたという。イランでは4月末までは雨期にあたり、バッタの繁殖にとっては好環境。群れはどんどん大きくなっていった。

バッタが農作物に与える被害は深刻だ。1平方キロメートルの農地におよそ8000万匹がやってくる。1日で3万5000人分の食料を食い尽くすといわれる。穀物を好むことから、イラン南部の住民は食糧危機に直面する可能性がある。

国連食糧農業機関(FAO)によると、一足早くバッタに農地を食い荒され始めたエチオピアでは、4月末時点で100万人への食糧援助が必要とされている。

実はイランではバッタは毎年発生している。2019年も5000平方キロメートル(福岡県とほぼ同じ面積)もの農地が被害にあった。しかし国連人道問題調整事務所(OCHA)によれば、2020年のバッタの群れの規模は2019年の約7倍だ。5月にはバッタの卵が孵化するため、その数は今後さらに増えていきそうだ。

■殺したバッタは15センチの層

3~5月は農作物の作付けの時期だ。イラン南部でもっとも多く育てられる小麦などの穀物は1~3月に苗を植え付ける。また夏野菜は4月に種をまく。いずれも6~9月に収穫だ。ところが新型コロナやバッタの影響で、作付けすらできなかった地域もある。またイラン南部ではクルミなどのナッツや、ナツメヤシ(デーツ)などの果物もとれ、欧州に主に輸出している。これも激減するだろう。

海外から食料を輸入する選択肢もある。だが、米国から厳しい経済制裁を受けているイランと積極的に貿易する国は限定的。ウクライナ問題により欧米から経済制裁を受けるロシアは、2018年ごろから貿易相手が減っていくイランに対し、輸出額を増やしてきた。輸出品の中にはトウモロコシや大麦などの穀物も含まれる。だが現在は、ロシアも新型コロナの影響で輸出用の食糧を国内市場に回している。

バッタから農作物を守るのに必要なのは、農薬や殺虫剤だ。すでにFAOをはじめとする国際機関や、アフリカや中東の各国政府は、ヘリコプターを使って大量に薬剤を散布している。イランの植物保護機関(Plant Protection Organization:PPO)の広報担当者によると、殺虫剤をまいたら、死んだバッタが10~15センチの高さに積みあがったという。

だがイラン国内では薬剤をまけない地域も多い。経済制裁で輸入できる量が限られているためだ。FAOのバッタ被害予測の専門家は「現地の人たちは、とりあえず手に入る殺虫剤を大量の水で薄めてスプレーしている」と説明する。新型コロナのあおりで物流が麻痺しているうえ、移動制限やロックダウンによりバッタや薬剤散布の専門家もタイムリーに現地入りできない。

■悪夢はアラビア半島で始まった

今回のバッタの大量発生は、アラビア半島の砂漠で人知れず始まった。2018年5月と10月、アラビア半島にサイクロンが上陸。大雨により砂漠には緑が芽吹いた。バッタにとっては絶好の繁殖条件だ。バッタは湿った土に無数の卵を産み、1世代(3~5カ月程度)で20倍ずつ増えていった。砂漠が再び乾燥して食べ物がなくなると、2019年6月ごろに東アフリカに移動。そのころには1年前の8000倍の大群になっていた。

東アフリカも、2019年は8つのサイクロンに見舞われるなど、とにかく雨が多かった。3月には、南半球で史上最悪規模といわれるサイクロンがモザンビークやジンバブエを襲い、200万人が被災。また10~11月には、例年の3倍を超える降雨量を記録した。バッタはどんどん繁殖し、億単位の群れを形成。サイクロンの巻き起こす風に乗って、どんどん生息域を拡大した。2020年にはアラビア半島を越え、イランやパキスタン、インドになだれこんだ。

「バッタの被害は山火事のようなもの。キャンプファイヤーのような火なら簡単に消せる。しかし消し損ねると山火事のように燃え広がり、制御するのはとても難しく、お金もかかる」(FAOのバッタ被害予測の専門家)。FAOの記録によれば、20世紀には5回の大きなバッタ被害があったが、1949年のアフリカでの大発生は1963年まで14年間も続いたという。

■中国にも売れなくなった原油

イランの経済は、新型コロナが感染拡大する前から危機的状況にあった。主な原因は、2018年5月にイラン核合意から離脱した米トランプ政権が、イランへの厳しい経済制裁を再開したことだ。同年8月には、イランと取引した他国の企業や個人に対しても、米国内にもつ資産を凍結したり、米国企業との取引をできなくしたりするなどの制裁を課した。国の生命線である原油を輸出できなくなったイランの経済状況は一気に悪化した。

インフレ率は一時40%に達し、イランの貨幣リアルの価値は過去最低を記録した。若者の失業率も40%に及んだ。また食料やガソリン代が高騰したため、国内ではデモが多発した。

そんな不安定なイランを襲ったのが、新型コロナとバッタの大群だった。特に大きな打撃となったのは、新型コロナの感染拡大で、最後の主要な貿易相手国だった中国で原油の需要が低下したことだ。

IMFは2020年4月、コロナの影響を反映した各国のデータを発表した。これによると、イランは2020年、インフレ率34.2%、国内総生産(GDP)成長率マイナス6%。しかしこれにバッタ対策や食料調達のための出費が重なれば、イランの政情や経済はいっそう悪化し、イラン国民がさらに深刻な打撃を受けることは想像に難くないといえそうだ。

サバクバッタの群れ(FAOのツイッターから引用)。穀物を一瞬にして食い尽くす

サバクバッタの群れ(FAOのツイッターから引用)。穀物を一瞬にして食い尽くす

サバクバッタの飛来経路を予想する地図(FAOのバッタ予報サイトから)。東アフリカらから、東はインド、西はモーリタニアにまで到達する見通しだ

サバクバッタの飛来経路を予想する地図(FAOのバッタ予報サイトから)。東アフリカらから、東はインド、西はモーリタニアにまで到達する見通しだ