中東から多くの難民が押し寄せ、その対応に揺れている欧州諸国。とりわけ日本のメディアを通して欧州は『難民受け入れ大国』という印象をもたれがちだが、決して多くを受け入れてきたわけではない。ドイツをはじめ欧州の難民政策に詳しい専修大学の久保山亮・兼任講師は、欧州の難民の受け入れを難しくしているのは皮肉にも欧州連合(EU)の根幹の政策のひとつである「人の自由な移動」を定めた「シェンゲン協定」だと話す。さらに近年は欧州に逃れる難民を乗せる航空会社にも変化が現れ、受け入れの足かせとなっているという。欧州の難民受け入れ現場でいま何が起きているのか。
■シェンゲン協定の功罪
「シェンゲン協定」とは、EUの加盟国間で結ばれる人の移動に関して定められた協定。EUの根幹となる政策のひとつだ。EU加盟国のうち英国など一部の国を除いた22カ国に加え、スイス、ノルウェーなど欧州自由貿易協定(EFTA)加盟国の計26カ国がシェンゲン協定に参加する。参加国間での国境検査を廃止し、ヒトの流れを自由化したことで、欧州の留学や労働市場を活性化させた。
シェンゲン協定は、参加国外から領域内に入る際のビザ(シェンゲンビザ)についての規定も定める。イラクやシリアなどシェンゲン協定に入っていない国から欧州に逃れようとする難民は、誰もがこのビザを取得しなければならない。神戸市内で11月に講演した久保山氏は、こうしたシェンゲン協定の負の側面に触れ、「ビザ申請者は、過去半年間の預金残高と出生証明書の両方、または出身国の領事館が作成する『この人は品行方正な人物です』といった人物証明書のようなものまで大使館に提出しなければならない。だがこうした書類を持っていない難民のほうが多い」と説明した。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2015年に欧州に逃れた難民の数は100万人を超える。難民受け入れ国ランキングの上位10カ国には欧州の国は一つも入っていない。久保山氏は「(シリア北部の)アレッポの空爆から逃れてきたシリア難民たちがボートに乗り、やっとの思いで地中海にたどり着いた後で、シェンゲンビザに必要な書類を持っていると思うか」と問題点を指摘する。
■制裁措置でさらに手続き厳格化
さらに難民にとって欧州に逃れる障害となっているのは、EUが難民を乗せた航空会社や鉄道会社に課している制裁金だ。久保山氏によると、EUがシェンゲンビザを持っていない難民を発見し、強制送還させた場合、難民を乗せた航空会社に対して日本円で400万円ほどの罰金を科しているという。この制裁措置のため、各航空会社は近年、パスポートチェックを強化している。
久保山氏は「EU各国の空港で執拗に『パスポートを見せろ』と言われたことは10年前にはなかった」と話す。こうした制裁金についてUNHCRは、国家がパスポートのチェックなどにより自国に入国する者を制限する権利があることは認めつつも、「母国で迫害の恐れのある者に対しては制限を課さないことが望ましい」と反対する。
久保山氏は「EUは難民の受け入れに大変寛容で、対応に苦慮していると思っているのでは。EUはシェンゲン協定を利用して戦略的に『要塞化』を着々と進めている」と述べ、欧州の難民政策を批判した。世界に2000万人いるといわれる難民をどうするのか、EUの対応に注目が集まる。