新型コロナウイルスの感染拡大で学校が休みになる中、静岡県浜松市に住むフィリピン人の小学生から20歳の若者を対象に、インターネットを使って学習支援した団体がある。NPO法人フィリピノナガイサ(静岡県浜松市)だ。同団体はかねてから、フィリピン人の子どもたち向けに、市内の南部協働センターの一角を借りて日本語教室を毎週土曜日に開いてきた。半場和美事務局長は「休校の期間中に、日本語が苦手の子どもたちが勉強に置いていかれないようにしたかった」と語る。
■宿題の日本語がわからない
オンラインの学習支援では、学校で使う教科書の内容をフィリピノナガイサのスタッフらが、子どもの日本語レベルにあわせて解説する。宿題のプリントもほとんどの場合、彼らの日本語レベルでは難しい。子どもが勉強につまずいても、親の多くは日本語が読めず、教えられないという事情がある。
半場氏にとって、休校でフィリピン人の子どもたちが日本語に触れる機会が減ることも心配だった。「外出する機会が少なくなると、今まで勉強してきた日本語を忘れてしまう。(オンラインの学習支援で)子どもたちが日本語に触れる場を提供したかった」と話す。
オンライン学習で使うツールは、ウェブ会議サービスの「Zoom」(ズーム)だ。ズームのホワイトボードやミュート機能の使い方は、フィリピノナガイサのスタッフが子どもたちに教えた。
参加したのは、小学1年生から20歳までの18人。小学校の低学年、高学年、中学生、15歳以上の4つのクラスに分かれた。1クラス3~8人の少人数制だ。それぞれのクラスには、フィリピノナガイサのスタッフである日本語教師とタガログ語の通訳が1人ずつ入った。
低学年と高学年のクラスには5人が参加した。教材は、浜松市の教育委員会が小中学生向けに作成した家庭学習用の動画。学校からもらうQRコードを通して、パソコンやスマートフォンからアクセスする。教科は国語、算数、理科、社会の4つだ。
ただ、教科書をベースに作ったこの動画には、フィリピン人の子どもが知らない日本語も出てくる。このためフィリピノナガイサのスタッフは、パワーポイントを使って独自の副教材も制作した。
小学生向けのクラスでは、こうした教材を使って、スタッフが「時刻と時間の違い」や「地図帳の読み方」を説明する。「地元浜松の地名を覚えると、電車での移動がイメージしやすくなる。日々の暮らしにも役立つ」と半場氏は話す。
中学生向けのクラスには、高校入試の対策として6人が参加。受験科目のひとつである作文の書き方を教えた。また、休校措置で中学校にまだ一度も登校していない新入生を対象に部活動の仕組みも説明した。
15歳以上のクラスの参加者は7人。失業中の人もいた。新型コロナの救済措置のひとつである一律10万円の特別定額給付金を早く受け取れるよう、申請書の書き方を教えた。「彼らの多くはひらがなもカタカナも読み書きできない。このため工場勤務など、言葉が必要でない仕事に就いている。このままだとキャリアを積みにくい」と半場氏は心配する。
■出席率は普段の半分
半場氏によると、オンライン学習には2つの課題があるという。
ひとつは出席率が低いこと。教室に集まるときに比べ、オンラインの出席率は半分以下だ。
この原因について半場氏は「オンラインには子どもの遊び場や親のコミュニティスペースなど、勉強以外に参加のきっかけがないからではないか。そもそも勉強したくないという子どももいる。勉強だけだと、参加へのモチベーションにつながりにくい」と語る。
もうひとつは、ズームではコミュニケーションをとるのが難しいこと。オンラインでは音声が途切れることもざらだ。半場氏は「日本人同士なら、状況を推測しながらコミュニケーションがとれる。だが日本語がまだ十分に理解できないフィリピン人の子どもたちにとってはそれが難しい」と話す。
ただオンライン学習ならではの効果もあった。親が子どもの学習のようすを見守るようになったのだ。半場氏は「親が学習に興味をもち、教材をシェアしてほしいと私たちに声をかけてくれたこともあった」と嬉しそうに語る。
緊急事態宣言の対象地域から外れたことを受け、浜松市は5月18日から、段階的に学校を再開した。フィリピノナガイサも、オンラインから、教室での学習に戻すことを決めた。
フィリピノナガイサは今後、フィリピン人の大人が日本語を学べる動画をフェイスブックで発信していく予定だ。半場氏は「フィリピン人の親たちは、想像以上にフェイスブックを見ている。大人にも日本語学習を身近に感じてもらえるよう、10分くらいの動画を制作したい」と意気込む。