「心臓病の母の面倒をみたい」、ミャンマー軍政と戦ってきた民主派の衛生兵が抱える葛藤

ミャンマー中部のピイ出身で、民主派の武装勢力「国民防衛隊(PDF)」の衛生兵として約3年戦ったサンシャインさん。現在はタイ・チェンマイで暮らす。サンシャインさんが取材中に見せてくれた写真には、肩を組んで笑顔を見せるPDFの兵士らが写っていた。彼らのことを繰り返し「きょうだい」と呼ぶなど、戦場を離れても家族のような存在だ(チェンマイで撮影)

治療費を稼ぎたい

空爆が起きればすぐに前線に向かう。そんな日々を続ける中で、精神的な苦痛は積み重なっていった。

「休みが欲しい」。サンシャインさんは2年前、戦場を離れ、タイ北部のチェンマイにやって来た。

だが戦場の記憶はなかなか消えない。飛行機の音を聞いたときは空爆を思い出し、とっさに身を隠したという。いまも朝目覚めると、自分が泣いていたのに気づくこともある。

戦地を離れた理由は精神的な苦痛だけではない。病弱な母の存在も、彼女の決断を後押しした。「母はミャンマーに残っていて、心臓の手術を必要としている」と悩みを口にする。

サンシャインさんが最後に母と会ったのは5年前だ。国軍と戦うため家をこっそり抜け出した。会えない年月が積み重なる中で、母への思いは高まる一方だ。

「母がチェンマイに来て、手術を受けられ、私が面倒を見られたら、衛生兵には戻らないと思う」(サンシャインさん)

ただ母をチェンマイに呼び寄せ、手術を受けさせるには渡航費や手術費に加え、その後の生活を支えるための収入も必要だ。現在のチェンマイでの仕事の月収は1万4000バーツ(約6万5700円)。衛生兵の月収は日本円換算でたったの1800円だったという。「母の治療費と生活を支えるため、チェンマイで働き続けないといけない」(サンシャインさん)

とはいえ前線とのつながりが消えたわけではない。PDFの兵士らとは連絡を取り合い、負傷した兵士のリハビリテーションに寄付を続けている。

戦場に戻りたい気持ちもまた、強い。サンシャインさんが「戦場に私は戻ったほうがいいの」と仲間に尋ねると、彼らは「いまは戻るときではない。チェンマイでお金を稼いで、僕たちに送って」と言われるという。

母のそばで生きたいという気持ちと仲間(兵士)のもとへ戻りたい気持ち。この2つの思いを抱えながら、サンシャインさんはチェンマイで暮らす。

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