シリア危機でWFPは500万人に食料支援、「空腹のまま子どもを眠りにつかせてはいけない」

ハディ氏国連世界食糧計画(WFP)のシリア支援で陣頭指揮を執るムハンナド・ハディ氏

国連世界食糧計画(WFP)のシリア支援で陣頭指揮を執るムハンナド・ハディ統括責任者(ヨルダン国籍)が来日した。東京・内幸町の日本記者クラブで9月20日、記者会見し、「シリアの人口(約2100万人)の3分の1が家を失った。子どもが空腹のまま眠りにつかないで済むよう、WFPは食料を援助している。シリア難民・国内避難民にとって、食料は希望。援助し続けるしかない」と2年半に及ぶシリア危機の悲惨さを訴えた。

■食料がなければ難民になるしかない

WFPは目下、シリア国内の避難民300万人と周辺5カ国(ヨルダン、レバノン、イラク、トルコ、エジプト)に逃れた難民200人を対象に、食料支援を展開中だ。

シリア国内では、小麦粉やコメ、豆、塩などが入ったフードバスケットを1200台のトラックを動員して配布。シリア赤新月社やNGOとも連携し、政府、反政府どちらが掌握するかに関係なく、全14県を対象としている。

ところが食料運搬は大きなリスクを伴う。激しい戦闘に加えて、検問所の多さ、道路の封鎖、さらには通信機器の寸断などがあるからだ。ハディ氏は「WFPのスタッフは訓練を受けている。リスクは計算して受け入れている。だが撃たれたり、誘拐されたスタッフもいる。幸いにして死者はゼロだ。ただ他の機関では死者も出ている」と話した。

8月を例にとると、目標(支援対象)300万人に対し、実際に食料を届けられたのは240万人にとどまった。とりわけ戦闘がひどい北部は困難を極める。アレッポ県の場合、支援対象39万人のうち、食料を配布できたのはわずか6万人超だった。

「中立の立場をとるWFPは両陣営に対し、すべての地域に無制限にアクセスできるようお願いしている。食料を受け取れない人は、シリアを脱出して難民になるしかない。シリア国内の人にとって選択肢がないのが実情だ」(ハディ氏)

シリアの食料事情は悪化の一途をたどっている。コムギの生産量は紛争前の60%に、家禽生産量も11年から半減した。インフレも顕著で、コムギ価格は2倍に高騰。紛争が続けば、さらなる悪化は必至だ。こうした状況を踏まえてWFPは10月から、支援対象を400万人に拡大する計画を立てている。

■食料引換券は「尊厳」を与える

国外に逃れた難民をWFPは2つの方法で支援している。ひとつは、食料そのものの提供。もうひとつは食料引換券やプリペイド式クレジットカードを渡す方法だ。

「食料引換券だと、難民が、何を、いつ、どこで買うかを決められる。これは、難民でないとわからないかもしれないが、(援助に依存していても)人間としての『尊厳』を保てることを意味する。買い物ができることで、自分たちも普通の市民なんだ、と感じてもらえる」(同)

WFPは、ヨルダンのザータリ難民キャンプにスーパーマーケットを作った。ここで難民は食料を買う。「日本政府をはじめとするドナーの支援のおかげで可能になった。シリアの子どもたちも日本政府に感謝している」とハディ氏は言う。

同氏はまた、シリア難民を受け入れる周辺国の負担についても言及した。たとえばレバノンに逃れたシリア難民は100万人を数えるが、これはレバノン人口の25%を占める。「レバノン政府にとってこれはチャレンジ。にもかかわらずレバノン政府がシリア難民を受け入れてくれたことに感謝している」(同)

イラクのクルド人地域にはこの1カ月で、シリアの北東部から5万人の難民が流入した。その背景にあるのは、シリア国内で深刻な食料不足だ。「シリア北東部では、治安の悪化から2~3カ月にわたってWFPは食料を支援できなかった。政府側、反政府側の両陣営が食料援助を許してくれれば、こうした人たちは難民にならなかった」とハディ氏は指摘する。

WFPはこのほか、イラクとヨルダンで、学校給食として軽食を提供している。これは、学業を中断しているシリア人児童・生徒(1~9年生の40%近くを占める)を再び通学させる大きな呼び水となっている。

■年末までに180億円が不足

食料支援を展開するうえで、大きなネックとなっているのが資金不足だ。難民(200万人)と国内避難民(400万人)への支援でWFPは1週間に3000万ドル(約30億円)を費やす。2013年9~12月の4カ月で必要な金額は5億ドル(約500億円)。ところが1億7600万ドル(約176億円)も足りないのが現状だ。

ハディ氏は「来年以降、どうなるかまったくわからない。それを考えると夜も寝られない。シリア危機が悪化・長期化すれば、難民・避難民の数がさらに増え、資金はもっと必要になる。解決策はわからない。支援を続けていくしかない。支援がないと、シリアの状況は本当に悲惨なものになってしまう」と懸念をあらわにする。

シリア人の声を伝えるアンバサダー(大使)の役割を自任するハディ氏は最後に「日本政府には、財政面の援助だけでなく、紛争の当事者(政府、反政府の両陣営)に圧力をかけるなど、政治的サポートもしてほしい」と期待を込めた。

シリアの紛争では現時点で、国内避難民は少なくとも425万人、周辺国や北アフリカに逃れた難民は200万人以上にのぼる。