レバノンで横行する野焼きで住民が病気に! ヒューマン・ライツ・ウォッチが問題視

報告書「死を吸い込んで:焼却廃棄物によるレバノンの公衆衛生リスク」の表紙ヒューマン・ライツ・ウォッチが発表した報告書「死を吸い込んで:焼却廃棄物によるレバノンの公衆衛生リスク」の表紙

レバノン全土でごみが野焼きされ、その煙で近隣住民らが呼吸器疾患や皮膚病のリスクにさらされている――。こんな調査結果を人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)がこのほど、報告書「死を吸い込んで:焼却廃棄物によるレバノンの公衆衛生リスク」の中で明らかにした。ごみの投棄場のそばで暮らす住民は「私たちはいつも咳をしている。野焼きが一晩中あった翌朝に目を覚ますと、つばに灰が混じっていることも」と話す。レバノン政府に対してHRWは、自治体が野焼きに頼らないごみ処理法を導入できるよう、国レベルで統一したガイドラインの策定などを求めている。

■1年半で4426件

レバノン環境省によれば、国内には現在、ごみ投棄場が少なくとも941カ所ある。この5分の1近い159カ所以上で毎週、ごみが野焼きされるという。レバノン消防庁は2015年1月~2017年6月に、レバノン全土で4426件の野焼きの報告を受けた。レバノン中部の山岳レバノン県の場合、2015~2017年の2年間で報告件数が3.3倍に増えた。

HRWによると、野焼きがされるごみ投棄場の多くは住民が暮らすエリアに隣接している。首都ベイルートに住む女性は「野焼きはたいてい夜に始まり、明け方に終わる。家のバルコニーに出て洗たく物を取り込み、すべての窓に鍵をかける。それでも臭いは家に入ってきて眠れない。窒息しそうだ」と苦しみを語る。

野焼きによる健康被害を訴える住民も少なくない。ごみを燃やすことで発生するダイオキシンや有害な有機化合物を吸い込むことで心臓病やがん、皮膚病、喘息にかかるという。レバノン環境省と国連の共同調査は、有害な廃棄物や医療廃棄物までも一緒に焼くため、事態はますますひどくなると指摘する。

■一番の被害者は貧しい人

野焼きの被害が特にひどいのが貧困地域だ。レバノン環境省と国連開発計画(UNDP)がHRWに提供したごみ投棄場の地図によると、人口の50%が集中し、富裕層が多いとされるベイルート、山岳レバノン両県には100カ所以上のごみ投棄場があるが、このうち野焼きがされるのは9カ所のみ。対照的に両県以外の地域には617カ所のごみ投棄場があり、150カ所以上で毎週、野焼きが行われる。

低所得者層は家のすぐ近くで野焼きされても、そう簡単に引っ越せない。健康被害がわかっても医者にかかれない人もいる。バーエロアスごみ投棄場近くの住民は「私は保険に入っていない。病院に行くお金もない。薬局でざっくりとした診断をしてもらうだけ」と語る。

■リサイクル率8%

有害な野焼きが横行する背景には、レバノンに国レベルの固形廃棄物処理計画がないからだ。レバノン政府はレバノン内戦が終結した以降の1990年代に、ベイルート、山岳レバノン両県に廃棄物の最終処分場をつくった。だがそれ以外の地域で政府が自治体のごみ処理に関与することはほぼ皆無。必要な資金や設備は足りず、その結果、野外でのごみ投棄や野焼きが全国に広がった、とレバノン環境省は考えている。

ただベイルート、山岳レバノン両県でもごみ問題が解決したわけではない。ナーメごみ埋立地が2015年に閉鎖して以来、ベイルートの路上にはごみがあふれかえる。政府は新たに2つの埋立地をオープンさせたが、当初の予想より2年早い2018年にはごみの受け入れが限界に達する見通しだ。

ベイルートのアメリカン大学の研究者によると、レバノンでは固形廃棄物の90%は堆肥に変換またはリサイクルできるという。だが堆肥化率は15%、リサイクル率はわずか8%。HRWはレバノン政府に対し、自治体がごみ処理を野焼きや埋め立てに頼らないよう、処理プロセスでの環境・健康リスクを計測する監督者を置くこと、ごみ処理に必要な資金を継続的に提供することなどを求めている。