文字を作れば言語は死なないのか? コロンビアのエンベラ・チャミ語の生き残り方を考える

教師でエンベラ・チャミ族のヒルベルト・アントニオ・タスコンさん。チャミ語の存続に向け教科書を作った教師でエンベラ・チャミ族のヒルベルト・アントニオ・タスコンさん。チャミ語の存続に向け教科書を作った

「チャミ語はいつか消えてしまうだろう」。チャミ語とはコロンビア北部の先住民(インディヘナ)エンベラ・チャミが話す言葉だ。深刻な面持ちでこう語るのは、エンベラ・チャミで教師のヒルベルト・アントニオ・タスコンさん(56歳)だ 。エンベラ・チャミの間でスペイン語がますます存在感を強めていく中、タスコンさんらはアルファベットを元にチャミ語の文字を数十年前に作った。しかしいまだ普及していないのが現状だ。

■スペイン語の嵐

タスコンさんが暮らすのはコロンビア・アンティオキア県にあるインディヘナ保護区(自治権をもつ)の「カルマタ・ルア」だ。カルマタ・ルアには1980年代、電気が通った。その後、ラジオやテレビを通してスペイン語の情報量が一気に増大。スペイン語がチャミ語を圧倒し、日常会話もスペイン語を使うようになりつつある。

そんな中でタスコンさんはチャミ語の教科書(国語)を作った。これは約15年前に、「カプニア」(チャミ語で“エンベラ・チャミでない人”の意味)と呼ばれるコロンビア人の言語学者とともに始めたプロジェクトだ。タスコンさんは「以前はチャミ語の国語の教科書はなかった。今ではチャミ語の文字を教科書を使って教えられる」と語る。現在はカルマタ・ルアの子どもだけでなく大人にもチャミ語の文字を教える。

「チャミ語にはスペイン語にない音がある。鼻音もその一つだ」とタスコンさんは2つの言語の違いを指摘する。学校でチャミ語を勉強する子どものノートには、チャミ語の発音にあわせて作ったアルファベットに似た文字が並ぶ。

文字があれば、神話など独自の文化も後世に残せる。「文字で残さなければ忘れられてしまう。子どものころは母が毎晩のようにチャミ語でエンベラ・チャミの神話を語ってくれた。だが今ではほとんどの大人がエンベラ・チャミの神話を知らない」とタスコンさんは言う。

エンベラ・チャミ族の文化には、カルマタ・ルアの近くを流れるサンフアン川の精霊にまつわる神話がいくつも存在する。「ドイルデ(川の渦)」や「ドクマデ(川の巨大ヘビ)」も精霊の一部だ。「将来はエンベラ・チャミの神話の本も作りたい」とタスコンさんは意気込む。

チャミ語が書いてある子どもの勉強ノート。アルファベットにはないチャミ語の発音にあわせた特有の文字が並ぶ

チャミ語が書いてある子どもの勉強ノート。アルファベットにはないチャミ語の発音にあわせた特有の文字が並ぶ

■文字は浸透するのか

チャミ語の文字と教科書を作ったものの、文字はまだまだ普及していないのが実情だ。「カルマタ・ルアに住む全員がチャミ語を話せる。だが大半はまだ書くことができない」とタスコンさん。カルマタ・ルアの中学校に通うマルヨリさんも「チャミ語を学ぶ授業でチャミ語の教科書を使うことは少ない」と証言する。

学校には理想と現実のギャップがある。タスコンさんは「チャミ語を守りたい私たちと、チャミ語を文字として残す必要性を感じないカルマタ・ルアの指導者の間には危機感の差がある。学校ではチャミ語の国語の授業時間が少ない。スペイン語の週3〜4時間に対し、チャミ語は週2〜3時間だ」と言う。

チャミ語の文字を普及させることが難しいのはまた、カルマタ・ルアの若者が抱くインディヘナ文化への悪いイメージも関係している。マルヨリさんは「若者の中ではインディヘナの言葉や服装などは“ダサい”という感覚がある。若者は『カプニア』に憧れ、ポップ音楽を聞いたり、『カプニア』が着るような服を着たがる。インディヘナ保護区から出たいと思っている若者も少なくない。私にとっては、エンベラ・チャミの言葉と伝統はまさにアイデンティティ。これからも自分の誇りとして大切にしていきたいけれど‥‥」と若い世代に漂う複雑な心境を打ち明ける。

コロンビア政府によると、コロンビア国内には現在88のインディヘナ保護区がある。60の言語があるといわれ、今までに約20が消滅した。インディヘナの人口はコロンビア全体の約3.4%を占める。