バンコクの路上で出会った小さな店の経営者4人、“割が最も良い”のは時流に乗った鍵屋だった!

30年前からBTSプラカノン駅の近くの細い道沿いで小さな鍵屋を経営するサムポーン・サラッディーさん。店の場所を30年変えないため、昔からの顧客が多いという30年前からBTSプラカノン駅の近くの細い道沿いで小さな鍵屋を経営するサムポーン・サラッディーさん。店の場所を30年変えないため、昔からの顧客が多いという

タイ・バンコクの路上には小さな店が山ほどある。その中から花屋、弁当屋、コーヒー屋、鍵屋の4つの異なる店を取材したところ、最も仕事がハードなのは花屋、“割が最も良い”のは鍵屋ということがわかった。

■早朝から深夜まで働く花屋

労働時間が断トツで長いのが花屋だ。しかも売り上げは悪く、儲けは少ない。

バンコクの高架鉄道(BTS)オンヌット駅の近くの路上で、白、黄色、赤など色とりどりの花輪を売る一人の中年女性がいる。深夜2時に家を出て、自宅から車で1時間半かけてマーケットへ行き、花を仕入れるという。花を買ったあとは、花輪を作る。それを、地面に置いたかごの中に並べていく。彼女は1日中、路上で花輪を作り続け、売れるとすぐに追加し、いつもかごを満杯の状態に保つ。

“閉店”するのは早くて夜9時。遅いと11時。「花をできるだけたくさん売りたい。でも次の日の朝は早いし。休む時間が十分にない」と嘆く。

花輪は寺へお供えするものだ。タイでは週に1回、寺を参拝すると良いとされる日がある。この日だけは売り切れることも。だがたいていは1日20~30個しか売れない。1日の売り上げは約300バーツ(約1050円)。そこから仕入れ代を引くと、バンコクの最低賃金1日325バーツ(約1138円)を大きく下回る。とてつもなく大変なビジネスといえそうだ。

■毎日200食完売する弁当屋

ビニール袋に詰めたスープやもち米、パックに入ったご飯とおかずの数々。バンコクの路上には弁当屋がたくさんある。ただ実情を調べると、経営はなかなか厳しそうだ。

オンヌット駅のすぐそばの路上。テーブルの上に並べた弁当を売る中年女性に聞いたところ、「1日平均200食売れる」とのこと。値段は1つ20~35バーツ(約70~120円)。値段の設定は、すべての商品で材料費+5バーツ(約18円)の儲けにしているという。

弁当が完売するほどの“人気店”だが、その理由について女性は「大きな建設会社が近くにあるし、付近には住宅も多い。タクシーがよく通る道の目の前でもある。だからビジネスマンや近所の人が持ち帰り用として弁当を買ってくれる」と話す。弁当を売り始めるのは午前5時から。午後1時ごろまでにほぼ売り切れるという。

弁当を作るのは、この女性と姉、妹の3人。売り場から歩いて10分ほどのところにある自宅で深夜2時から5時まで料理し、入れ物に詰めていく。朝早くて毎日大変だが「午後1時ごろに終わって帰宅して休める。だから大丈夫」と女性は笑う。

1日の売り上げは約5000バーツ(約1万7500円)。材料費を除くと約1000バーツ(約3500円)が手元に残る。だが光熱費や水道代などを差し引き、3人で割ると1人約300バーツ(約1050円)ほど。売れ行きは良くても、タイ・バンコクの最低賃金325バーツ(約1138円)を下回ってしまうのが現実だ。

■最低賃金の3倍を稼ぐコーヒー屋

オンヌット駅前のマーケットの一角にコーヒー屋がある。客が終日絶えない人気店だ。1日に120~130杯の冷たい飲み物と約20袋の菓子が売れるという。

店主の男性は午前6時からアルバイトの若い女性と店に立つ。正午になると別のアルバイトが来て、午後8時まで飲み物を作ったり、菓子を売ったりする。アルバイトの日給は400バーツ(約1400円)。店の場所代として、水道代・電気代込みで1カ月7000(約2万4500円)バーツを払う。

コーヒー、ココアなどの飲み物は一律25バーツ(約88円)。材料費はそれぞれ10~15バーツ(約35~50円)なので、それを引くと飲み物の粗利は合計で1日約1500バーツ(約5250円)に上る。

菓子はどうか。約200バーツ(約700円)でクッキーやマフィンの大袋を仕入れ、それを30~40袋に小分けする。1袋当たりの原価は約6バーツ(約20円)。それを1袋30バーツ(約110円)で売る。1日約20個売れるから、1日の粗利は平均480バーツ(約1680円)だ。

飲み物と菓子の粗利1980バーツ(約6950円)から人件費、場所代、材料費を除くと、手元に残るのは1日950バーツ(約3330円)。店主の男性はバンコクの最低賃金の3倍近くを稼ぐ計算だ。「お菓子やコーヒーはどの時間帯でも欲しくなるでしょ? 1日中忙しいんだ。店の営業時間を長くしてシフト制にしている」と自慢げに語る。

■“モール効果”で値上げできた鍵屋

BTSプラカノン駅の近くの細い道沿いで小さな鍵屋を経営するのはサムポーン・サラッディーさん(63歳)だ。30年前に起業し、2人の娘を大学に行かせた。

主な仕事は、合鍵作りを中心に、持ち主が失くした鍵を穴の形から作り直すこと、開かなくなった金庫の開錠など。すべて1人で行う。

料金はサービスによって異なる。合鍵作りは一律35バーツ(約120円)。穴の形から鍵を作り直すのは100バーツ(約350円)から。鍵の開錠は500バーツ(約1750円)以上。顧客の家まで訪問する場合は出張代をこれに上乗せする。

この2月は100個の合鍵を作り、4つの金庫を開けた。月間の売り上げは約3万バーツ(約10万5000円)。1日当たりに換算すると平均1000バーツ(約3500円)だ。合鍵の元となる材料は1つ5バーツ(約18円)で仕入れる。原価率が低いため、利益率の高さは、花屋、弁当屋、コーヒー屋と比べて群を抜く。

驚くのは、サムポーンさんの鍵屋ビジネスは意外にも時流に乗っていること。鍵屋を始めた30年前、この場所は昔ながらの家が並ぶエリアだった。ところが何年か前にショッピングモールがオープン。その中に鍵屋もできた。「ショッピングモールで合鍵を作ると、1つ300バーツ(約1050円)するときもある」とサムポーンさんは言う。

サムポーンさんはそこで合鍵の単価を5倍に引き上げる。といっても、もともと7バーツ(約25円)だった値段を35バーツ(約120円)にしただけ。モールで作る8分の1以下だ。鍵の材料の仕入れ値は30年前とほとんど変わらないし、客数もほぼ同じというから、これは“モール効果”で利益率が高まったことを意味する。

いまや東京のような巨大都市となったバンコク。路上の小さな店でも、ショッピングモールにのみ込まれるのではなく、それを追い風に生き延びる方法もあるようだ。

BTSオンヌット駅付近の路上でお供え用の花を売る女性。深夜2時から買い出しへ行き、販売時間中も花輪を作り続ける。遅いときには夜11時まで売り続ける

BTSオンヌット駅付近の路上でお供え用の花を売る女性。深夜2時から買い出しへ行き、販売時間中も花輪を作り続ける。遅いときには夜11時まで売り続ける

BTSオンヌット駅付近で弁当を売る女性(左)。多くの人が彼女が作るラープ(肉を魚醤とライムで味付けしたもの)や焼き飯を買いに来る

BTSオンヌット駅付近で弁当を売る女性(左)。多くの人が彼女が作るラープ(肉を魚醤とライムで味付けしたもの)や焼き飯を買いに来る

BTSオンヌット駅前のマーケットのコーヒー屋でアルバイトをする女性。彼女のシフトは正午まで。午後には別のアルバイトが来る。1日中忙しいコーヒー屋の経営にシフト制はぴったり

BTSオンヌット駅前のマーケットのコーヒー屋でアルバイトをする女性。彼女のシフトは正午まで。午後には別のアルバイトが来る。1日中忙しいコーヒー屋の経営にシフト制はぴったり